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第53回「小説でもどうぞ」選外佳作 トウサクシャ 池田暁

タグ
小説
小説でもどうぞ
第53回結果発表
課 題

※応募数466編
選外佳作 


トウサクシャ 
池田暁

「有名作家Nがパクリ疑惑で炎上、か」
 ネットニュースのトップ記事の見出しだ。去年刊行された小説が別の作家の本のコピペではないか、と話題になって炎上している。
「作家としてのプライドはないのかよ」
 中傷する言葉が並んでいるコメント欄に、勢いに任せてそう書き込んだ。すぐに「いいね」がついて溜飲が下がった。 
 アパートで同棲していた彼女が出ていったのは、新人賞に落選し続ける僕に愛想が尽きたせいだ。
 彼女のいなくなったワンルームの片隅で、僕は電気も点けずにパソコンとにらみ合っていた。ふと目線を画面から逸らす。部屋の隅に青くひかる水槽が置いてある。彼女のリクエストで飼い始めたカクレクマノミの水槽だった。
 一ヶ月前に彼女が出ていってから、水を換えていない。餌も死なない程度に適当に与えているだけだ。濁った水槽の中で、南国風の熱帯魚が助けを求めているようにゆっくり泳いでいた。
 腹がぐぅと鳴って、もう十一時を過ぎていると気づく。僕は財布を握りしめて部屋を出た。
 コンビニに向かうために近所の歩道をふらふら歩いていると、太ももにスマホの振動を感じた。ツイッターの通知だ。フォロワーが一人増えたと分かった。
「誰だろう」
 フォロワーのプロフィールを確認する。
氷沼ひぬま宏之です。小説や詩などを趣味でぽつぽつと書いています」
 アイコンは彼の顔写真だった。病室のベッドの上で彼がこちらにピースサインをしている。フォロワー数は少なく、百人にも満たない。
「よくやるなぁ。可哀想だし相互になってやるか」
 自己紹介欄にはリンクが張ってあった。それを踏むと、彼が運営しているらしい個人サイトに飛ばされた。それは、彼の短編小説が数十篇並んでいるだけのシンプルなWEBサイトだ。路上で、その内の一つを早速読み始めた。
「……まあ、ソコソコ面白いな。ビギナーズラックってやつか」
 公園のベンチに座って他の作品にも手を出す。
「……ふん、さっきよりも出来が良いな」
 ベンチの上の缶コーヒーが空になる頃には、三本目を読みおえていた。
「これ、プロが隠れて書いているんじゃないのか……?」
 そう疑わずにはいられない面白さだった。
「どの公募に送っても最終選考には残るクオリティーだぞ、これ」
 どうしても自分の作品と比べてしまう。認めたくはないが月とスッポンだ。
「何でコイツが無名なんだ」
 僕は、翌日からバイト中も彼の小説のことしか考えられなくなった。一つ読みおわる度にその世界に胸をときめかせる。それと同時に、身を焦がすような嫉妬に苦しんだ。こいつは一体何者なのだ?
「フォローありがとうございます」
 思い立って、彼にDMを送ってみた。平日の昼間にも関わらず返事は数分で返ってきた。
「こんにちは。あなたも小説を書いてらっしゃるようなのでフォローさせていただきました」
「氷沼さんの小説をいくつか読みました。どれも素晴らしい出来じゃないですか。賞に応募しないんですか」
「あー。あのサイトはかなり昔のものを載せているので。たしか中学生のときに書いたやつです」
「え……?」
「あ、どれか一つは小学生の頃かも」
「今、おいくつですか?」
「二十四です」
 信じられないが、同い年だった。
「すみません。これからリハビリの時間なので失礼します」
 聞くと、彼は身体表現性障害という病気らしかった。生まれてからほとんどの時間を病院のベッドの上で過ごしているという。病室で撮られたであろう例のピースサインを思い出した。
「実は今、長編に取り組んでいるんです。感想をくれませんか?」
 そういって彼がメールに添付して送ってきたのは、約八万字のテキストファイルだった。
「どうして僕に?」
「周りに読んでくれる人がいなくて。両親なんて、年に一冊も本を読まない人たちなんですよ」
 すぐに読むと返事をしたが、内心は恐ろしかった。小中時代の作品にあれだけ心震わされたのに、今の彼の作品を読んだらどうなってしまうのか。
 僕は、送られてきた小説を一ヶ月以上放置してしまった。彼とツイッター上で交流することもなく、ただ時間だけが過ぎていった。
 そのツイッターの投稿を目にしたのは、土曜日の夜、水槽の熱帯魚に餌を与えているときだった。
「氷沼宏之の母です。息子は、先日他界いたしました。誠に勝手ながら、本アカウントとWEBサイトは閉鎖させていただきます」
 南国の熱帯魚が餌に食いつく様を見ながら、この魚と同じように、彼は外の世界を知らずに死んだのだと思った。哀れみのすぐ後に、僕は奇妙な安堵を感じた。
 そして、やっとテキストファイルを開く気になった。その『氷の世界』と題された未完の長編小説を読み始める。
 圧倒的に面白く、引き込まれた。まるで彼の失われた青春がそこに結晶化しているかのようだった。夜を徹して読み進める。最後の一行に辿りついたとき、空はすでに白んでいた。
 暁の空を眺めていたら、応募を考えていた新人賞の締切が一か月後に迫っていたことを思い出した。この魅力的な小説を自分の手で完結させて、自分のものにしたい。そう思った。
 僕はその誘惑に抵抗する力を持たなかった。
(了)