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第53回「小説でもどうぞ」選外佳作 免罪符エフェクト 白浜釘之

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小説
小説でもどうぞ
第53回結果発表
課 題

※応募数466編
選外佳作 

免罪符エフェクト 
白浜釘之

 研究室で研究成果をまとめるために残業をしていた私は、報告書を書き上げるとため息をついてPCの電源を落とす。
 ため息の原因は研究成果のせいではなく、明日の婚活パーティーについてだった。
 元来人見知りで女性と付き合った経験もほとんどないに等しい私にとって、したくもない結婚のために貴重な休日を消費しなければならないことも憂鬱だが、それ以上に結婚を目的に集まっている女性たちとの会話が苦痛でたまらないのだ。
 大手化粧品メーカーで研究職としてそれなりの地位にいる、読書くらいしか趣味のない……ようするにある程度の貯金があり浪費癖のない男性というのは婚活市場において優良物件とされており、器量も十人並みで服装にもそれほど頓着しない私のような男にも結構な数の女性から交際の申し込みがあったりするのだ。
 しかし女性たちとの会話というものは私にとって苦痛でしかなかった。散々彼女たちの機嫌を取った挙句、『つまらない男』の烙印を押されて交際を打ち切られる……婚活パーティーのあとはたいてい精神的にも肉体的にもぼろぼろになってしまうのだ。
 それでも両親からの『早く結婚して私たちを安心させておくれ』というプレッシャーから解放されるために月に一度くらいはその類のイベントに参加して、何とか生涯の伴侶を得るべく努力しているというわけだ。
 足取りも重く研究室を後にしようと椅子から立ち上がりかけた時、研究室のドアを開け二人の男が侵入してきた。手には拳銃のような武器を持っている。
「な、何だ君たちは?」
「手荒な真似はしたくありません。どうか我々の言うことを聞いてください」
 二人のうち年嵩の男の方が落ち着いた口調で言った。もう一人の若い男は拳銃らしき武器を構えたままだ。私の研究成果を盗みに来た産業スパイだろうか。しかし新素材のファンデーションの成分を盗みに来ただけにしてはずいぶんものものしい。
「……わかった。そちらの要求はなんだ?」
 私が訊ねると、
「あなたは決して結婚して子供を残さないようにしてください」
 年嵩の男は意外なことを言った。
 事態が呑み込めず私が黙っていると、
「このままいくとあなたはいずれ婚活パーティーで女性と出会い、やがて結婚して子供を授かります。そしてその子供のひ孫、つまりあなたの四代目の子孫が世界を滅ぼすウイルスを開発し、そのウイルスによって世界は滅亡してしまうのです」
 年嵩の男は一気にそうまくしたてると、
「申し遅れました。我々は時空警察の者です。時間が非可逆的なものではないことが証明された2125年から正式に活動していることはこの時代の住人であるあなたには知る由もないことでしょうが、とにかくあなたの四代後の子孫が犯した犯罪についての罪状とその処罰が下ったため、我々はあなたの前に現れたというわけです。もし我々の警告に従わず明日の婚活に参加するというのであれば、我々はこの場であなたの存在を消し去らねばなりません」
 さらにそんな荒唐無稽な話を続けた。
「……ではあなた方はタイムマシンでこの時代にやって来た未来人ということですか?」
「時間が非可逆的なものである以上、未来や過去という言い方にあまり意味はありませんが、この時代の認識としてはそうなります」
 私の疑問に年嵩の男が答える。
「しかし、なぜ犯罪者である私の子孫ではなく私のところに現れたのですか? 犯罪を犯した人間ならともかく、私はその遠因になっただけじゃないですか?」
「バタフライエフェクトという言葉をご存じでしょう? 蝶の羽ばたきのようなわずかな風の揺らぎが原因で未来に大きな竜巻が起こる……我々は竜巻を抑えることはできませんが、竜巻を起こす原因を作った蝶を捕えることは可能です。この蝶こそがあなたであり、あなたと結婚する女性なのです。おわかり頂けたでしょうか?」
 わかったようなわからないような理屈だがひとまず私は頷いた。
「わかりました。決して結婚したり子供を作ったりはしません」
 二人の男は顔を見合わせて頷くと、現れたときと同様、音もなくドアから去っていった。
 翌日、私は体調不良を理由に件のパーティーを欠席し、それ以降も決して婚活パーティーに参加することはなかった。そんな私の態度に両親も最初の頃こそ落胆していたが、やがて妹夫婦に孫が生まれると私のことなどどうでもよくなったようだ。
 それから私も少しずつ変わり始めた。結婚やそれを前提にした交際という足枷がなくなったせいか、以前よりも積極的に女性と接することができるようになり、経験を重ねることによってモテるようになったのだ。しかも結婚してはいけないためにあえて深い関係を避けるようになったので、女性たちからも『ミステリアスで魅力的な男』と評されるようになった。
 今となって存在しない、世界的な犯罪者となって私に『結婚しなくてもよい』という免罪符を与えてくれた竜巻のような子孫に、ちっぽけな蝶である私は心の中で感謝を捧げた。
(了)