第53回「小説でもどうぞ」選外佳作 浮気調査 秋あきら


第53回結果発表
課 題
罪
※応募数466編
選外佳作
浮気調査 秋あきら
浮気調査 秋あきら
「マリッジブルーということは考えられませんか? 男性にもあるそうですよ」
私の話を聞き終えた山本という名の調査員は、困ったような顔をしてそう言った。
「違います、あれは絶対に浮気です」
私は断言した。山本は一瞬黙り込んだ後、契約書を出してきた。私はサインし、手付金を支払うと、探偵事務所を後にした。
家に帰ると、ママが心配して待っていた。
「お帰り、美香ちゃん。いつもより遅かったのね、残業?」
「うん、まあね」
「結婚式の前なんだから、仕事で無理して体調崩さないように気をつけなさいよ」
ママの言葉に適当に答えながら、自室に入ると、そのままベッドに倒れ込んだ。
「何でこんなことになったんだろう……」
結婚式を三か月後に控えた今になって、彼の浮気を疑うことになるなんて。これほど罪つくりな仕打ちがあるだろうか。
彼、純也くんとはマッチングアプリで知り合った。笑顔の爽やかな純也くんは、二十七歳の営業マン。彼より一歳年上の私は、薬剤師として病院勤務。リケジョといえば聞こえはいいが、理系女子は不愛想で空気が読めない堅物だと一部の男子ウケが悪いことも知っている。実際それが理由でフラれたことも何度かある。
「本当に、私でいいんですか?」
交際を申し込まれたとき、思わずそう聞き返していた。純也くんは、私とは対極にいる人だ。
「あの、やっぱり僕、軽そうに見えますか?」
「え?」
心中を察したような質問に、私は戸惑った。
「僕、チャラそうに見えるってよく言われてて……でも、本当は慎重派なんです。慎重過ぎて、女の子からは煮え切らないって嫌われて。だから美香さんには、決断力のあるところを見てほしくて」
真っ赤になってうつむく純也くんに、私の心は決まっていた。
「よろしくお願いします」
私は頭を下げた。この人なら、大丈夫。きっと浮気なんてしない。ほとんど直感だった。
私が恋愛や結婚において最も重要視しているのは、誠実さだ。理由は、ママの離婚だ。ママとパパは、私が小学校に上がる前に離婚している。原因は、パパの浮気だ。私には優しいパパだったから、パパがいなくなったときは寂しかった。大きくなって、事情が分かってからは軽蔑している。ママの苦労を見てきた私は、結婚するなら絶対に浮気しない人だと思っているし、私まで同じ理由で離婚することになったら、ママが悲しむから絶対避けたいとも思っている。
あのときの私の直感は当たったようで、それから二年間順調に交際期間を経て、先月、プロポーズされた。
「僕と結婚してください」
プロポーズは週末のデートの後、彼の部屋でだった。バラの花束や指輪などのサプライズは一切なく、単刀直入な言葉のみ。その潔さと真剣な眼差しに心を決めた。いや、もっと前から決まっていた。私の報告を聞いて、ママが涙を流して喜んでくれたのは言うまでもない。
そしてこの一か月、結婚式の準備で忙しいさなか、純也くんの行動に違和感を覚えた。デートのキャンセルが続いたり、式の段取りを話しているときにぼんやりして話を聞いていなかったり、極めつけは、二人でいるときにかかってきた電話だ。
「あ、ちょっと、ごめん」
あからさまに狼狽し、スマホを持って部屋を出て行く。やましいことがないのなら、その場で電話に出られるはずだ。仕事の電話で聞かれては困ることがあるのだとしても、あの慌てぶりはおかしい。実際、今までもデート中に仕事の電話はかかってきている。そのときとは、明らかに対応が違う。さらに電話の後のよそよそしさ。もはや彼が嘘をついているのは、間違いないと確信した。
一応私だって、マリッジブルーは最初に考えた。彼に、それとなく話をふってみたこともある。その度に、曖昧にはぐらかされている。こうなったら、浮気の証拠を突き付けて、はっきりさせてやるしかない。そういうわけで、私は探偵事務所の扉を叩いたのだった。
数日後、調査員の山本から連絡がきた。調査の結果が出たという。私は激しく波打つ心臓をなだめながら、事務所へ向かった。
「これは一体、どういうことでしょうか」
部屋に行くと純也くんがいた。いたずらが見つかった子どものように肩をすくめている。
「美香ちゃん、ごめん」
「謝ってほしいわけじゃなくて、どういうことかって聞いているの」
私は山本の方を向いた。
「これって守秘義務違反ですよね?」
依頼者の調査内容を、調査対象者に打ち明けるなど言語道断。重罪だ。
「純也さんから直接話して頂いた方がいいんじゃないかと思いましてね」
山本に促されて、純也くんは申し訳なさそうに切り出した。
「美香ちゃん、僕ね、ここに、この山本さんに調査を依頼していたんだ。君のお父さんのことを」
「はい?」
私は目をしばたたいた。
「一人娘の君が結婚するんだ、会いたいんじゃないかと思ってさ。どこでどうしているのか、調べてもらってた。黙っていたことは謝る、ごめん。でも君だって会いたいだろうと」
「な、なにそれ。ばっかじゃないの、私は別にパパのことなんて……」
「だって君は、大好きだったんだろ、お父さんのこと。お母さんに遠慮していただけで。お父さんはね、君に会いたがっていたよ。今も一人で暮らしているそうだ」
「ちょっと、なに言ってんのか……わ……」
言いながら、私の目から涙が止まらなかった。
「調査費用は結構ですよ。守秘義務違反の罪に問われるのはごめんですのでね。手付金もお返ししますので」
山本さんの声が遠い。
(了)