コシノジュンコが2度目の万博ユニホームをデザイン、未来への挑戦を続ける


1970年から半世紀、2度の万博ユニホームデザインに挑戦
デザイナー・コシノジュンコさんは、1970年の大阪万博と2025年の大阪・関西万博の2度にわたってユニホームのデザインを手掛けた。1970年の万博で合計3つのユニホームデザインを手掛けたコシノさんは、その経験を通じて世界の舞台への足掛かりを得た。それから半世紀を経て、再び万博でのユニホームデザインという大きな使命に向き合っている。
「変化が見えないと意味がない」デザイナーとしての哲学
2度目のユニホームデザインを手掛けることについて、コシノさんは「変化が見えないと意味がないと思う。繰り返しではダメだと思う。未来は見えないですけど、万博は見えるようにしないといけない。」と語る。タカラベルモントのパビリオンユニホームのテーマは「真の美とは何か」であり、コシノさんと担当者が密接に協力し、イメージをすり合わせながら形作られていった。出来上がったユニホームには、未来への想いと創造への情熱が込められている。
地元・岸和田のだんじり祭りが根源、着るとスイッチが入る衣装
コシノさんのデザイナーとしての根源は、地元・岸和田で毎年9月に開催されるだんじり祭りにある。高校2年生までこの地で過ごしたコシノさんは、コシノ三姉妹と一緒に毎年この時期に故郷に帰り、祭りを楽しんでいる。万博が盛り上がる中でも、東京に住む今もだんじり魂は変わらない。また、コシノさんは14年前にドラム・タオの衣装を手掛けたことが、演奏集団の飛躍へと繋がったという。衣装は着るとスイッチが入り、パフォーマンスを引き出す力を持つ。
万博を通じた世界との出会いが始まりに、子どもたちへのメッセージ
万博の閉幕日、コシノさんはアメリオなのパビリオンを訪れた。スタッフTシャツにはコシノさんが書いた「感謝」の文字が記されている。無事に閉幕を迎えられた感謝の気持ちを形にしたのだ。タカラベルモントのユニホームは万博の記憶を伝え続けるために全国50の小学校に寄贈された。大阪豊中市の小学校では、子ども達がそのユニホームに触れ、感想を語り合う。2度の万博を経て、「世界はあまり怖くない。」と語るコシノさんは、ここで出会ったことが始まりとなり、それを子供たちにも見てほしいと、万博の意義と未来について思いを馳せている。
出典: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000002596.000020945.html