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第54回「小説でもどうぞ」佳作 伸びる。 昂機

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小説
小説でもどうぞ
第54回結果発表
課 題

才能

※応募数358編
伸びる。 
昂機

 走り出すとすぐ分かる。あ、今日もいけるな。地面を蹴るというより、空へぽぉんと飛び立つ感覚。強化プラスチックのポールがもんぬりとしなる。最高点で体をくうにゃりと反転させる。落ちる。マットにぼすんと受け止められる。ぽぉん、もんぬり、くうにゃり、ぼすん。
 私の棒高跳びはこれがすべてだ。出場した高校生大会では軒並み入賞。手前味噌ながら、地元ではちょっとした有名人である。
 頼みたいことがあると連絡してきたのは、とある動物園のスタッフだった。
「会ってほしい子がいるんです」
 開園前の朝、春のうららかな陽気の下に案内されたのは、高さ二メートルほどの柵に囲まれたエリアだった。
 ありえないキリンがいた。
 元々キリンの首は長いが、目の前にいるのは長すぎる。普通の倍はあるだろうか。頭上の位置は隣の木よりもずっと高く、首を下ろさなければ葉を食べられないほどだった。
「どうか彼女の話し相手になっていただけませんか」
 この園には他にキリンがおらず、寂しい思いをさせているのだと言う。さらにはここ数週間でなぜか首がぐんぐん伸び、スタッフもあまりコミュニケーションが取れていない状況らしい。なるほど、私でお役に立てるなら喜んで。
 いつものようにぽぉんと跳ぶ。もんぬりとポールがしなり、あっという間に最高点に到達する。くうにゃりせずにぴたっと空中で止まれば、私の頭一つ分上にキリンの目があった。
 突然視界に現れた女に、キリンは少し固まった後、フンと鼻を鳴らす。
「何よアンタ」
 冷たい声が降ってくる。私を見下ろす瞳を囲む睫毛はびゅんと長く、空に毛虫が飛んでいるようだった。 
「スタッフさんに言われてお邪魔しました」
「ジャマよ。誰も頼んでないじゃない」
「そんなこと言わずに」
 ポールが徐々に傾き始める。私は重力に従いマットの上に着地した。滞空時間はおよそ五秒。もう一度距離をとって助走し、ぽぉん、もんぬり、ぴたっ。
「なんでそんなに首が長いの」
「うるさい」
 刺々しいお言葉。確かにセンシティブな質問だった。反省している間にまたポールが傾く。三度目、ぽぉん、もんぬり、ぴたっ。
「向こうの檻のサルも、あたしを見るためにそうやって何度も高いところに登るわよ」
「さすがご先祖をともにする我がファミリー」
「さっさと落ちて痛い目見るがいいわ。揃いも揃ってバカなのね」
 つん、と彼女は目を伏せる。言い返せなかった。何せ私は今の時間が結構楽しい。いつもの棒高跳びとはまた違った充実感があるのだ。
 それから私は登校前に園へ通うことにした。顔を合わせるたびに彼女は「またアンタなの」と溜め息をついた。このためのポールを園内に置いてもらっているから、そりゃあ何度だって来る。朝練がある日も、定期テストがある日も欠かさなかった。
「首、伸びてない?」
 また軽率に聞いてしまった。コツが分かってきて、滞空時間は一分を超えるようになっていた。
「分かる? 神様にまた首を伸ばしてくださいってお願いして、もう一度叶えてもらっちゃった。あたし、どんどん首を伸ばして、いつかここからアフリカ大陸を見るのよ」
 どうやらずいぶんご機嫌らしい。私と彼女の目線は頭二つ、いや三つ分ほど離れていた。こうしている間にも彼女は少しずつ伸びていく。逆に私はどんどん小さくなる。タイムアップ、ポールが傾いているのだ。
 ねえ、待って。私は着地すると、すぐにまた助走を始める。早くしないと彼女はどんどん遠くに行ってしまう。
 ぽぉん、もんぬり。もうすぐ彼女の元につく。
 けれどその瞬間、ポールがみしりと音を立てた。強化プラスチックが弾ける。折れたと気付いた時にはすべてが遅かった。
「ちょっと!」
 彼女が口で私を掴もうとしてくれる。けれども首が伸びていくせいで駄目だった。バランスを崩した私はどすんとマットに落ちる。驚いた。怪我はないのが救いだった。
「ねえ、大丈夫なの!」
 上の、上の上の方から彼女の声が降ってくる。大丈夫だよ、と私は返した。ああ、今日は失敗したな。

 一ヶ月後、私は久しぶりに動物園を訪れた。部活は休まず通っていたけど、心に穴が空いた気分だった。
 彼女の首はうんと長くなっていた。普通のキリンの三倍、いや四倍はあるかもしれない。
「……何よ、もう来ないと思ってたけど」
 彼女は長い長い首をぐっと曲げて、地上の私に話しかけてきた。こんなことは初めてだった。
「ごめんね、ポールを新しくしていたら時間が掛かっちゃって」
 私は少し舌を出す。なにせ彼女の成長に合わせた長さにしなくてはならないのだ。前代未聞の発注を叶えてくれた業者には感謝しかない。
 落ちる瞬間の恐怖は、まだ拭い切れていない。それでも私は跳ぶ。それだけは決めている。
 助走をつけて、ぽぉん、もんぬり、ぴたっ。
 うまくいった、と思う。少なくとも折れてはいない。ポール分近くなった朝の陽ざしが肌を照らし、乾いた風が耳を掠める。
「ふん、バカね。また落ちても知らないんだから」
 伸ばした彼女の顔が、私の頭一つ分下にあった。
「それでも何度だって跳ぶよ。私もここからアフリカを見たいから」
 彼女の長い睫毛が、青空の中でふるえた。
「本当に、大バカね……」
(了)