第54回「小説でもどうぞ」佳作 落とし物 渋川九里


第54回結果発表
課 題
才能
※応募数358編
渋川九里
男の前を女子高生が歩いている。ワイヤレスイヤホンをつけ、鞄にぶら下げられたぬいぐるみやアクスタケースがじゃらじゃらと音を立てている。
コトリ、と音がして、女子高生から何かが落ちた。気づかぬまま、女子高生は進んでいく。後ろを歩いていた男がそれを拾い上げる。石のかけらのようなそれを人差し指と親指で挟み、手首を回してそれをしばらく眺めた。
「ほう、これはなかなか珍しい」
そうつぶやいて、鞄の中にそっとしまった。
そうしてこの男は、道をひたすらに歩き回っている。男が歩くところは人通りの多い場所ばかり。だから怪しまれることもない。ただひたすらに歩き回っては、誰かが落とすのを待っている。
男は駅に向かう地下道に移動した。出勤ラッシュの時間帯で地下道には多くの人がひしめきあっている。その中で、コトリ、と音がした。男は足元をすばやく見回した。男の左斜め前を歩いていたスーツを着た若い男の後ろに石のかけらが落ちている。男はそれを踏みつけそうになっている女性を遮って間に入り、すかさずそのかけらを拾う。女性は一瞬イラっとした表情を見せたものの、取り立てて気にする様子もなく、立ち去った。
石を観察する間もなく、またコトリ、と音がした。
音のした方角を振り返ると、とても小さいけれど、キラキラと光るかけらが落ちていた。男がかけらに手を伸ばす。それから人の流れていく方を見やると、制服を着てランドセルを背負った小学生が大人につぶされそうになりながら歩いているのが見えた。少しだけ男はためらうような表情を浮かべながら、ふたつのかけらを鞄に入れた。
その後もコトリ、という音は鳴りやまない。
だが、その音はザッザッと一定方向に流れる靴音にかき消され、誰も気づいていない。ただ一人、この男を除いて。
通勤ラッシュが収まってきたころ、男は地下道から離れ、近くの公園のベンチに座った。鞄を開けると、たくさんのかけらが詰まっていた。かけらは大きさも形もバラバラだ。深緑の尖ったかけらもあれば、水色とピンクのマーブルの丸っこい玉のようなかけら、茶色の平べったいかけら、どれも見た目も手触りも違っている。男はそのかけらを一つ一つ散り出しては愛おしそうに眺めた。その中でも特に時間をかけたのはあの小学生が落としたキラキラしたかけらだ。小指の先くらいの小さなもので、鈍い灰色の中にところどころ削れてきらきらと虹色に輝いている部分が見える。
「これはいくら見ても飽きないな……」
男はつぶやいた。
「おじさん、何見てるの?」
男が視線を下げると、幼稚園児くらいの小さな女の子が丸い目で男を見つめている。
「拾ったかけらを眺めているんだよ」
「どこで拾ったの?」
「向こうに地下道があるだろう。あそこで拾ったのさ」
「ふーん。ほかにもあるの?」
「あぁ、今日はたくさん拾ったからね」
男はそういうと鞄を地面に置いて鞄の口を大きく開けて女の子に見せた。女の子はのぞき込んだ後、手を入れて、一つ一つ取り出しては眺めた。
「気に入ったものはあるかい?」
男がそう言うと、女の子はこれ、と即座に、水色とピンクのマーブル模様のかけらを差し出した。
「これ、かわいい」
「そうかい、それはね、今日君より少し年上のお姉さんが落としたものなんだよ」
「じゃあ、警察に届けないといけないね」
女の子がそうつぶやくと、男は笑った。
「いや、届けたって仕方ないのさ。本人はこんなものを落としたなんてまるで気づいていないから」
「でも、そのお姉さんのものでしょ」
「元々はね。でもお姉さんはそれを失ったことも気づかない。たぶん一生ね」
ふーん、と女の子はわかったようなわからないような顔をした。
「気に入ったのなら、それあげるよ」
「え? いいの!?」
「僕が持っていてもたぶん使えない。でも君ならきっとこれを使うことができる」
男は女の子にマーブル模様のかけらを渡した。
「それはね、自分で道を切り開く才能のかけらだ。だから絶対落としちゃダメだよ」
「こんなきれいなもの、私、絶対落とさない」
丸い目にキッと力を込めて女の子が宣言する。男はうれしそうにうなずいた。
「ぜひそうしてね。この社会では、みんなほかのことに気をとられすぎて、自分の才能を気づかないうちに落としてしまう。そうして空っぽになっていくんだ。だけど、そのかけらをしっかり持って忘れないようにしていれば、そのかけらはきっと大きくなる。それまでちゃんと握っておくんだよ」
女の子はうなずいた。
「ありがとう、おじさん。きっと大事にする」
そう言って女の子はうれしそうに去って言った。
男は小学生の落としたキラキラしたかけらを取り出して眺めながら、なんとかあの子に返す方法はないかと考えていた。
(了)