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第54回「小説でもどうぞ」佳作 なんだか変だ 瀬島純樹

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小説
小説でもどうぞ
第54回結果発表
課 題

才能

※応募数358編
なんだか変だ 
瀬島純樹

 会社から解雇されときには、頭の中が真っ白になり、世の中から見放された気がした。会社は生き残りをかけた整理縮小だそうだが、会社に残った同僚は、仕事で表彰されたり、難易度の高い資格を持っている人たちばかりだ。それに引き換え自分は、なんの取り柄も才能もないことに今更ながら気がつく。そんな心境では前を見る気になれず、新しい仕事を斡旋してもらっても、もやもやした気持ちは晴れず、すぐに辞めてしまった。
 といって自分なりに落ち着いてから仕事を探して応募しても、手応えはあっても、丁寧な不採用の通知ばかり。そんなことが何度も続くと、自信もなくなりさらに落ち込んだ。
 それでもようやく採用通知がもらえたのが、今の会社だ。うれしくて、急にあたりが明るくなった気がした。はずむ気持ちで研修を受けて、さっそく配属されたのがこの部署だった。やっと決まった仕事だから、なにがあっても、歯を食いしばって頑張ろうと自分に誓った。 
 はじめは気負いもあり、緊張もしていたから、あたりを見回す余裕なんてなかったが、仕事にも慣れてくると、なんだか変だと感じ始めた。
 この部署は二人しかいない。一人が新入りの自分、もう一人がベテランの上司。ほかには誰もいない。この部署は会社の建物からはずいぶん離れた貸しビルの一室にあった。会社のほかの人と話をする機会はない。
 変わっていると思ったのは、その上司だ。一日中二人きりなのだから、仕事を進める上で、上司から仕事を回されたり、指示を受けたり、分からないことは聞かなければならないが、上司は一言もしゃべらない。必要なことはすべて、パソコンに必要最小限な文言でやり取りする。だから業務にはなんの支障もない、ただ、朝、出勤してきて、パソコンの画面に、「おはよう」を見ると、挨拶くらい声を出せばいいのにと思う。
 研修のときに、人事部長が、あの部署に行く者は幸運だと言っていたのを覚えている。特殊な才能を持ったベテランの上司の下で働けるんだからな、と。具体的にはどんな才能か触れなかったが、自分がその幸運な部署に配置されるなんて思いもしなかった。
 この変な状況や、一日中口を利かないことは、上司の特殊な才能と関係があるのか。本音は面と向かって聞いてみたい。しかし、まだ入社して間もないのだ。軽率な一言で、上司との関係にひびを入れたくない。好奇心は封印して、この部署の変な雰囲気に馴染んで頑張ろうと思う。才能のある上司の下で働けるのだから。
 いや、やっぱり無理だ。知りたい気持ちを抑えるなんてできない。
 そうだ、何食わぬ顔をして、それとなく探って見るくらいはいいだろう。彼は毎朝この事務所に入ってくると、表情も変えず一言もしゃべらずパソコンの前に座る。一日中何をしているのか、どんな心持なのか、さっぱり分からない。そこにいても、いないも同じ。だから自分も、表情を変えず存在感を消して、パソコンに送られてくる仕事を黙々とこなしていく。何事もないように、質問や訊くことはひかえる。
 そうしておいて、いつものようにプリンターやコピー機のところまで歩きながら、遠回りをして彼の様子をうかがう。ほんの一瞬、視力を全開にして、彼の手元や机の周囲、後ろのキャビネット、パソコンの画面を偵察する。彼の特殊な能力の痕跡や手掛かりはないか。
 勤めだして一年目になった日、本社の人事部から呼び出しがあった。出向いてみると、待ち構えていたのは人事部長だった。部長はいきなり、
「研修のとき、君の上司は、特別な才能を持っていると話したね」
「はい、おぼえています」
「分かったかい?」
「いいえ」
「では、教えよう、彼は、我が社切ってのコストカットの才人なんだ。今までに、不可能と思われた数々のコストカットを実現してきた」
「よく分かりませんが」
「そうだろうな。君の部署は、彼の提唱したコストカットの有効性を確かめるために実験的につくられたものだ。期間は一年」
「実験ですか」
「そうだ、はじめは彼の提案を聞いて役員はみんな反対した。ところが、彼の才能を信じて疑わない社長が賛成した。実は、社内にもいろいろ派閥があってね、わたしはこの実験が失敗するように、君を採用したんだ。ところが君は期待を裏切って、コストカットの実験を成功させた」
「いったいどんな実験ですか」
「それは、各部署に黙って座っているだけの上司ならいなくても同じだ。いなくても業務は回る。必要な指示は本部で集中管理する。その実験に成功した。つまり、各部署の高給の上司は淘汰され、いなくなる」
「自分は、どうなるんですか」
「彼は君を評価していたよ、状況をよみ、しゃべらず、目立たず、問題を起こさず、実験を成功に導いた功労者なんだ。面接したときには、なんの才能もないように見えたが、持っていたんだね」
「そうでしょうか」
「その才能の使い方しだいで、ひとの恨みを買うこともある、気を付けなさいよ」
(了)