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第54回「小説でもどうぞ」選外佳作 壺 早瀬なつ

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小説
小説でもどうぞ
第54回結果発表
課 題

才能

※応募数358編
選外佳作 

壺 
早瀬なつ

「なにこれ」
 Tの部屋に入った瞬間、真ん中にあるそれが目に飛び込んできた。
 壺だ。
 骨董品と言えそうな重々しい壺。緑と茶色の混ざったような変な色で、頭には板張りの蓋がされている。
 尋ねる僕を見て、Tは、にや、と嫌な笑顔で嗤った。
「そん中で、飼ってんだよ」
 僕は、何を、と聞かなかった。
 ただ、僕の不審に思う気持ちがTにはわかったらしい。Tは僕にお茶を入れたり、ゲームを引っ張り出したりしている間も、窺い試すような嫌な目線を僕と壺とに向けた。ちらちら、にやり。僕は無視を決め込んだ。この重そうな壺には何か、こう、Tのちっぽけな自尊心を満たすような何かが飼われているらしい。自慢したいのだろう。だから僕は黙った。中身を知りたいという欲求よりも、Tの自尊心を満たすことを厭う気持ちの方がいくらか上回った。
 その後、僕たちは何事もなかったかのようにお菓子をつまんだり、一緒にゲームをしたりして過ごした。その間も、Tの嫌らしい目線が僕と壺を何度か行き来していた。僕はそれに気が付かないフリをしながらも、圧倒的な存在感を放つこの奇妙な壺が気になって仕方がなかった。Tがこんな性格でなければ、蓋を開けてみて、と最初に言っただろう。
 僕は、さて、と考えてみる。
 壺の大きさは三十センチほどだ。そしてTは「飼っている」と言った。となると中にいるのは生き物だろうが、まさか犬や猫ではないだろう。蛇かトカゲといった爬虫類だろうか。しかし、そうだとして、Tのこの態度は何だろう。何か、こちらがあっと驚くような何かが入っているに違いない。大量の虫か、もっと別の何かか。
 蓋をそろりと開けた瞬間に黒い虫たちが湧き出てくる様を想像し、ぞわぞわと肌が粟立つ。しかし、好奇心はむくむくと膨れ上がるばかりだ。この壺は、いったい何だ。知りたい。知りたいが、絶対に自分から訊いてやるものか。
 僕があまりにも頑張るので、Tはやがてつまらなそうに唇を尖らせた。
「おまえ、気になんねえのかよう」
 僕は来た、と思った。気取られないように細心の注意を払って「まあ」と答えつつ、内心はウキウキしていた。この奇妙な壺の中にはいったい何がいるのか。ようやく教えてもらえるのだ。
「この壺、俺が生まれた時から家にあんだよ」
「生まれた時から」
 僕はオウム返しに呟いた。生き物がそんなに長い間ずっと、この壺の中にいるのだろうか。だとしたら、かなり残酷なように思われた。
「可哀想だな」
 僕の声に、Tはどこか満足げに笑った。そこには子どもじみた、注目を浴びて喜ぶ悪ガキとでも言えるような卑しい気配があった。
 ああ、でももう、そんなことはどうでもいいから、早くその壺の中を見たい。身体のあちこちから、手が伸びているような感じがした。
「こん中な、俺の『才能』が入ってんだよ」
 Tはまた、嗤った。
「才能?」
 僕が聞き返すと、Tはにやにやしながら壺をぽん、と叩いた。鈍い音が部屋に響く。
「そう、才能。すげえだろ」
「……生き物?」
「生き物だよ。生きてなきゃ、才能じゃねえだろ」
 Tは、何を馬鹿なこと言ってんだ、とでも言うように鼻で笑った。僕の口はぽかんと開いていた。いったい、Tは何を言っているのか。
「中、見る?」
 Tはそう言って、蓋に手をかけた。僕は反射的に「いや」と言いかけたが、その続きは喉の奥でぐっと止まった。なんだかわからないけど、壺の中を見たい。けど、怖い。でも、見たい。
 Tの指が壺の縁にかけられ、ずず、とゆっくり蓋が動く。
 隙間から、ひんやりとした空気が流れ出してきた。しかし、何の気配もない。
「それ、鳴いたりする?」
「鳴かねえよ。才能だぞ」
 Tは笑いながら、完全に蓋を外した。僕は脈打つ心臓を押さえつつ、真っ黒い壺の口を覗き込んだ。
 壺の中は、空っぽだった。
「……何もないじゃないか」
「あるだろ」
 Tは壺の中を指差した。よく見ろ、という目だった。
 僕は言われた通りに目を凝らしてみたが、やはり何も見えない。僕は訝しんで「何も見えないけど」と言いながらTを見た。
「は、奥の方で動いてるだろ」
「気のせいじゃないの」
 僕がそう言うと、Tは急に不機嫌そうな顔になった。
「才能がないやつって、こう言うんだよな」
 胸の奥が、ちくりとした。
「見えねえだけだよ。あるやつには、ちゃんと見える」
「じゃあ、僕には才能がないってこと」
 Tは少し考えるような素振りをしてから、あっさりと言った。
「ないだろ」
 その言い方があまりにも軽くて、腹が立った。
「Tにはあるの」
「あるよ。ここに」
 Tは壺を抱き寄せた。まるで赤ん坊みたいに。
「でもな、こいつ、外に出すと死ぬんだ」
「死ぬ?」
「みんなに見せたり使ったりすると弱る。だから、ここで飼ってんだよ」
 その瞬間、僕は妙に腑に落ちた気分になった。何かが、見えた気がした。Tが大切にしまい込みつつ、誰かに見せたがる壺。見せたいのに、見せたがらないもの。
 Tは言った。才能は、生き物だと。
「それ、本当に才能かな」
「何が言いたいんだよ」
 僕の呟きにTは不機嫌そうな声を出した。
「それって、もしかしたら、Tの」
 そこまで言いかけて、僕は思わず黙った。
 壺の中で、何かが、ぴくりと動いた気がした。
(了)