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第54回「小説でもどうぞ」選外佳作 赤ん坊 髙谷慎太郎

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小説
小説でもどうぞ
第54回結果発表
課 題

才能

※応募数358編
選外佳作 

赤ん坊 
髙谷慎太郎

 価値はそれぞれ違う。赤ん坊に札束とぬいぐるみを渡してどちらかを選べと言うならば、赤ん坊はぬいぐるみを受け取るだろう。
 俺は早朝の駅で震えあがった。ぺしゃんこのバックパックをやっと来た車の後部座席に寝転がらせる。
 母は家に向かう道中、両手で十時十分の方角にしっかりとハンドルを握り、言うのだ。「そうちゃんが家に泊まってるよ。また会えるしラッキーだね」
「へえ」俺は少なすぎる相槌の代わりに何度か頷いた。まだ赤ん坊に何をあげるか決めかねているところだった。
 俺は毎年年末年始は実家で過ごした。神社やどこぞのバーやら通りやらでカウントダウンするよりかはずっとよかった。家に入ればソファに父が赤ん坊を抱いて座ってた。「ほらほら。おっちゃんが帰ってきたよ」父は似合わない声色で赤ん坊を揺らした。
 赤ん坊は先月会ったときより成長してた。少し大きくなり、もっと肌色になってた。俺は赤ん坊を抱かせてもらった。たまに目をパチパチさせたりまた眠ったりしてた。口からミルクの泡を出したからTシャツで拭ってやるとくしゃみをした。ブランケットがずれたからなのかも知れない。その後三回連続でくしゃみをした。すぐに笑った。赤ん坊は手足を素早く動かせるようになり、笑うようになった。父も母も虜だった。
 妹は大晦日だからと実家に一泊だけ泊まりにきていた。赤ん坊の夜泣きやお世話でくたくたで、起きてきたのは昼前だった。夜には迎えに来る旦那と一緒に帰ってしまうのだと。
「何で帰んだよ」俺は不満だった。
「うるさいなあ」妹はいつも苛立たし気に俺に当たるのだ。
 でも出産祝いを渡せば態度は変わる。「包んでなくて悪いけど」
「くれるの? いいの? ありがとう」
「俺があげたこと、誰にも言うなよ」
「なんで?」
「なんでも」
 昼食の前まで赤ん坊は俺の腕の中にいた。父も抱きたがっていたが妹が俺に預けてくれたのだ。赤ん坊は何も欲しがってなかった。ミルクとオムツを欲しがって泣くことはあるけれど、おもちゃもゲームも興味はなかった。そりゃあそうだ。まだ産まれて二か月も経っていないのだ。自分のくしゃみで笑うような子だ。後々、みんなが大事に抱いて揺らしてあげてた優しさに価値を見出してくれればいい。俺は赤ん坊を見ながらそう思ってた。
 父はサンタクロースみたいな巨大な袋をテーブルの上に置いた。母は昼食前だからと注意する。中には大量のお菓子が詰まってた。「お前が帰ってくるから買っといたんだ。好きに食えよ」そして笑った。「年末にお菓子を買い込むなんて、おじいちゃんみたいなことやってるわ」
「確かにな」俺は笑った。確かに、祖父は年末になれば袋いっぱいのお菓子を買ってテーブルに広げてた。寝正月の前にみんなそれで太り気味になってしまうくらい。
 母はキッチンの方から言った。「あんたも疲れたでしょ。そうちゃん、おじいちゃんに抱っこ変わってもらいな」
 俺は疲れてた。赤ん坊は結構重い。父が赤ん坊を抱いた。そうだ、父はもうこの子からしたらおじいちゃんなのだ。
 昼には妹の旦那が来て、一緒に昼食を食べた。刺身に寿司にローストビーフに。俺はこの前実家に帰ったとき以来、これだけ豪華な食事を口にした。家に帰ると何か月分もの栄養を蓄えることができる。色んな意味で。昼食を終えた後、俺は父の車を借りてドライブに出かけた。この町は山や畑にずっと囲まれていたが、現在では空き家にも囲まれ始めている。クールに言えばゴーストタウンという名前もしっくるとくる。実際にお化けの目撃情報もあれば、熊の目撃情報もあるし。徒歩では到底辿り着くことのできないコンビニやスーパーやドラッグストアを回った。俺は毎回、そこで日用品やらタバコやらをできるだけ買い込んだ。着替えくらいしか入れてないバックパックは家を出る頃にははち切れんばかりにパンパンになった。故郷ではいつものケチっぷりは皆無だった。自分で言うのもなんだが、何にでも厭わず金を使い、還元してるつもりだった。少しの仕送りも家に置いて戻った。そこまで言うのなら土地やら車を買えやらとの意見はあるかもも知れないが、それは勘弁してもらいたい。一番いいのは、自分の能に見切りをつけて、人口減少真っ只中のこの土地に根を張るということだろうけど。
 家に戻ると赤ん坊は妹の腕の中で眠ってた。もし俺がここに留まっていれば、もっと早いうちに、家族を安心させていたのかも知れない。両親は俺が今年こそ映画を撮るか、小説を書くか、ずっと我慢して信じてくれていた。俺もそのつもりだったが、何度も自分自身に誓ってから十年近くの年を越してしまった。毎度帰る前はみんなの顔が見れるし、好き勝手に腹いっぱいになれるし、楽しみももちろんあったが、そうじゃないことだって。ここで人生が終わってくれればいい。そんなことも考える。妹は立派だった。ソファに座る俺に、赤ん坊を渡した。「ちょっと見といて」
「おう」俺は大きく頷いた。大人しい赤ん坊。目を開けて寝心地悪そうに手足をジタバタさせると、俺は揺り籠のように体を揺らした。でもダメだった。赤ん坊は泣いた。大きな声で、母親を求めた。赤ん坊はくたくたの母親の腕に渡ると段々と泣き止み、すぐに眠りについた。俺も泣きそうだった。赤ん坊に嫌がられたからではない。家族のこういった年月を見てる中、赤ん坊は言葉にならない泣き声で、人生はまだまだ長い。そう叫んでる気がしたからだ。
(了)