公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第54回「小説でもどうぞ」選外佳作 蛙の子は蛙 穴木隆象

タグ
小説
小説でもどうぞ
第54回結果発表
課 題

才能

※応募数358編
選外佳作 

蛙の子は蛙 
穴木隆象

 中二の息子が従兄のお兄ちゃんから御下がりの天体望遠鏡をもらった。
「木星の縞模様と四つの衛星はこの望遠鏡でも見えるから、毎日同じ時刻に縞と衛星を観察し記録すればいい」と息子が言う。
 恥ずかしながら親の私には何をどう手引きしてやればいいのかさっぱりわからない。息子は我らの子であるが故に、観察なんてきっと毎日は続かないだろうし、何日かすれば望遠鏡で覗きでも始めるんじゃないかと高を括っていた。なにせ私と妻は「スリ」で生きていた犯罪者夫婦だったのだから。
 スリ仲間だった妻とはいつの間にか一緒になって所帯を構えた。子どもができ足を洗い、私は時計や家電の修理を、妻は洋服の直しを仕事に、糊口をしのいできた。そんな我等の子供は無垢に育ち今や中二というわけだ。
 九月に二学期が始まると、夏休みを通して木星の観測やり遂げた息子は、学校から優秀研究で表彰され、「もっと大きい望遠鏡が欲しい」と言ってきた。鳶が鷹を産んだとしか思えなかったが、親としてはなんとかその希望を叶えてやりたいと思った。しかし物価高の中で育ち盛りの息子の食費はバカにならず、天体望遠鏡は泣きっ面に蜂の出費で、我ら夫婦は「ちょっくら昔みたいに仕事するか?」と悪企みせざるを得なかった。
 大型の望遠鏡を買おうと家電量販店に行くと、無防備な外国人旅行客や平和ボケした日本人らが何人も買い物に熱中していて、私と妻はイワシの群れを前にした鯨のように、店内を回遊する彼らを嬉々として追い回した。
 現場を長く離れていたが妻との呼吸は健在で、腕組みした左腕に掛けたハンドバッグの口を大きく開けて炊飯器売り場を回遊する中年の女性をターゲットに見定めた。
「お父さんとお母さんはお爺ちゃんの家に送る掃除機を見てくるから、お前はここで望遠鏡を見ていなさい」
 そういって息子を追いやると、我々スリ夫婦は二手に分かれた。私服警備員らしき男と防犯カメラの位置を確認した我々は、炊飯器を嬉しそうに見ているターゲットに近づき、「ターゲットが二列目の棚に移動したら二人で挟みこもう」と阿吽の呼吸で目線を送った。妻は女性の右から笑顔で、私は左から気配を消して距離を詰めた。
 和やかに笑う妻に警戒心を緩めたターゲットは、妻に笑い返した。すると妻はすかさずターゲットに話しかけ、さりげなくボール状のアクセサリーをターゲットの足元に転がるように落とした。
 ターゲットがアクセサリーを拾おうと身をかがめると、私はツツっと忍び寄り、ハンドバッグから財布を抜き出した。素早く中身だけを失敬して財布を戻す、はずだったが、長年のブランクで勘が鈍っていたのか、財布を戻すタイミングを逃し、ターゲットは上体を起こして元の姿勢に戻ってしまった。
 スリの技術は如何にミスを相手に疑われずにカバーするかにある。ターゲットが違和感を覚えたなら、違和感の正体は「横にいる見知らぬ失礼な人によるものだ」と、ターゲットの認識の中に一種の錯覚を植え付けるのだ。
 私の失敗を認識した妻も、慌ててもういちどターゲットに話しかけ、ターゲットの注意を惹きつけた。私は財布を戻すタイミングを探った。が、財布を持っていては命取りになるので、私はとりあえず財布を商品棚にそっと置いた。と、そのとき、炊飯器がカタカタと音をたてたかと思うと、店中の家電製品が音をたてて揺れた。地震だった。
 不覚にも地震に驚き、私も財布のことなど忘れておどおどしながら上から何か落ちてきやしないかと天井を見回した。すると、
「お父さん地震だね」と、いつの間にか息子が私の左足にしがみ付いていた。
「お、おお、大丈夫か?」
 地震も揺れも収まり、子供も妻も無事な様子で安心したが、しまった、財布の存在をすっかり忘れていた。しかし棚に目をやると置いたはずの財布がない。妻に目で訴えると妻も困ったような顔をしている。
「このまま何もなかったように早く退散するのが一番だ、一刻も早く店を出よう」
 私は妻にそう目配せして出口へ急いだ。私は望遠鏡を買えず不満そうな息子に、
「今日は地震があったし、また今度にしよう」
 と意味不明なことを言い、出口で誰かに尾けられていないか店内を振り返った。するとさっきのターゲットがレジで財布を出して何か支払いしている様子を観てとれた。
 帰路の間ずっと財布がどうやって女性のハンドバッグに戻ったのか考えた。そして何度考えても同じ結論に辿り付いた。望遠鏡売り場から両親の行動をみていた息子が、大人らが地震に気を取られていた隙に財布を戻したのだ。蛙の子は蛙ということで親としては息子のこの才能に喜んでいいものかどうか、私の心はかたかた音をたてて揺れた。
(了)