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第54回「小説でもどうぞ」選外佳作 原動力 月坂亜希

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小説
小説でもどうぞ
第54回結果発表
課 題

才能

※応募数358編
選外佳作 

原動力 
月坂亜希

 暗くて長いトンネルの中には電波がまったく届かない。わたしは座っているだけなのに、どこか遠い場所、社会とか世間とかそういうものから隔離された遠い場所に向かっているような気持ちになる。心細くて怖い。しゅんしゅん、と窓が小さく音をたてながらわたしをどこか遠くへ運んでいく。わたしは荷物として、じっと身を任せるしかない。
 スピードを緩ませた新幹線が、ホームに滑り込んでくる。扉が開いて、両手で数えられるくらいの人が降りてくる。大きなピンクゴールドのスーツケースをゴロゴロと音を立てながら、わたしはホームを歩いてくる。
 わたしはわたしであるはずなのに、この駅に着いたときだけはどうしてか、駅のホームでわたしを待っていたように思える。新幹線から降りてくるわたしを見つめているような感覚でホームを歩く。改札から出て、エレベーターを待って、地上階に降りているうちに、わたしはいつの間にかひとりになる。東京から久しぶりに地元に帰ってきたわたしになって、この街に帰ってくる。

 東京で暮らしているだけで「すごい」「かっこいい」と言われるくらいの田舎から出てきたのは八年前。幼馴染の三人組で集まるのは半年ぶり。
 ミカ、チカ、ユカ。
 わたしたち三人組はおなじくらいの背丈とテンションで、おなじくらいの名前の呼びやすさで集まった。色黒なのがミカ、眼鏡がチカ、顔がいいのがわたし、ユカ。
 周りはそうしてわたしたちを見分けていたし、わたしたちも自分の個性をそう認識していた。テニス部のエースのミカ、勉強ができるチカ、顔がいいユカ。
「優斗が同窓会したいって。でも高校出て八年じゃん。十年がキリいいよね」
 チカがそう言って、「いいじゃん。集まれるやつだけでもやろうよ」とミカが答える。
 わたしは「ひさびさに集まりたいね」と笑う。
 チカが「ミカユカがそう言うならアリかも。優斗に言ってみる」とスマホを手に取った。
「家にいるんだから、帰ってからいえばいいじゃーん」
 明るくミカが言った。
 わたしもそう思っていた。こうして明るく嫌味っぽくなく言葉にできるミカはいつも明るくて強い。その強さを持ったまま地元で生きていけるのは本物に強い。
「ミカ、学校どう?」
 わたしが訊くと「子どもたちかわいいよ。みんなと体を動かすのが仕事なんて最高」と笑った。
 ミカは小学校で体育教師をしている。ミカはミカのまま、正しく強く大人になった。
「いいなあ。仕事が楽しいってうらやましい」と、とろんと眠そうな声で言ったチカは、県内一の進学校を卒業してそのまま地元の水道局の職員になった。下水道関係の会社で働いていた高校の同級生の優斗と再会して、去年から付き合いはじめたらしい。チカは優斗のことがずっと好きだった。
「ユカはいいなあ。東京でひとり暮らし」
「憧れる」
「旅行はいいけど、暮らすのはむずかしいよね」
「わかる。暮らすなんて無理」
「しかも図書館の司書さんだよ」
「ほんとかっこいい。ほんとすごい」
 ふたりは、どちらの言葉かわからないくらいのスピードでわたしを羨む。わたしは東京の短大に進学して、図書館で司書をしていることになっている。東京という都会、司書というあまり詳細はわからないけれど知的そうな職業。それだけでふたりはうっとりした顔で羨んでくれる。
 実際のところは図書館の清掃スタッフとかコンビニバイトとか、いろんなバイトの掛け持ちだから、わたしはふたりに嘘をついている。嘘をついてでも、わたしは東京での本当のことをふたりに言えない。

 三日間の帰省の最終日、駅に戻ってきて新幹線を待つ。ホームに立ってほんやりと向こう側のホームを見つめて手をぎゅっと握りしめた。
 ふたりと会うと、いつも早く東京に帰りたくなる。逃げるように帰るのではなくて、早くがんばらないと、と思う。
 明るさを持ったまま生きるミカ、賢いまま幸せに生きるチカ。ふたりは地元に残って、なにも変わらない環境で生きている。自分の場所でいまを生きている。
 わたしは誰にもいえない夢を追いかけて東京にいる。バイト漬けの日々のなかで、モデルを目指して、騙されたり期待したり迷ったり後悔したりしながら、東京で夢を追いかけている。
 いつまでやるの、才能なんてないよ。
 そんな声はすべて自分のものではあるけれど、そんな声にどうしても負けそうになることもある。ふたりに「すごい」「かっこいい」と言われることで、なんとかまだ立っていられる。ずるくて弱いことはわかっている。
 いまのわたしが何者でもなくても、それでも「顔がいい」と言われていたわたしはたしかにここにいた。それはわたしの才能だと、静かに真に受けて東京に行ったわたしはたしかにここにいた。そしていまもここにいる。
 新幹線がホームに滑り込んできて、軽快なメロディーとともに扉が開く。
 わたしはまっすぐ背筋を正して新幹線に乗り込んだ。いつの日か、このホームで待っているわたしも、わたしの生きる場所へ連れて行きたい。
(了)