公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第54回「小説でもどうぞ」選外佳作 秘めたる才能 齋藤倫也

タグ
小説
小説でもどうぞ
第54回結果発表
課 題

才能

※応募数358編
選外佳作 

秘めたる才能 
齋藤倫也

 その夜、男は、夢を見た。こんな夢だ。
 男は、目の前の空白の原稿用紙を、にらむように見据えていたが、何も思い浮かばなかった。粗筋はおろか、アイデアのかけらすら、降りてきそうもない。締切までの、残された時間は、わずかだった。
 やっぱり、オレには、物書きになる才能なんぞなかったのだ。これまでだって、せっせと投稿を続けてきたが、入賞には、かすったこともありはしないじゃないか。そろそろ潮時に違いない。人生あきらめが肝心なのだ。そう思った時に、声がした。
「やれやれ、またいつもの恨み節が始まったぜ」
 声の主は、猫だった。男が、アメコと名付けて可愛がっているアメリカン・ショートヘアの混じった雑種だ。男は、驚いて言った。
「お、お前、オスだったのか」
「言っとくがな、オレ様は、生物学的には、れっきとしたメスだ。言葉遣いひとつで、メスならこうあるべきだの、貴様ら人間どものくだらん常識とやらで決めつけないで欲しいね。それに、あんた、驚くポイントがズレてるよ。せっかく、このアメコ様が、秘めたる才能で、お前さんのレベルに合わせて話しかけてやったってぇ言うのに、『おまえ、オスか』だと。まったく腹が立つよ」
 男は、ぐうの音も出なかった。男は思った。たしかに、猫がしゃべったことに、驚くべきだった。
「ほらほら、また、どうせ、なになにするべきだったとか、ウジウジ考えてやがるんだろ? そこが、あんたの悪いクセだ」
「うるさい。余計なお世話だ。猫のお前に、オレの悩みがわかってたまるか」
「ああ、わからんね。オレ様には、そんな才能なんざ、ないからな」
 全く口の減らない頭にくる猫だ。さっきは、するどくオレの心を読んだかのような口をきいたクセに。男の心に、みるみる怒りがこみ上げてきた。男は、アメコに向かって言った。
「才能だと? 軽々しく口にしくさったな。ああ、そうだよ。オレには、才能がないんだ。もうすぐ締切だってのに、ひと言も、これっぽっちも、なぁ~んにもも浮かびやしない」
「だから?」
「だから……! このまま締切が来ちまったら、取返しがつかないんだよ!」
「お前さん、その締切とやらに間に合わなかったことはないのかい?」
「ああ。一度もない。この投稿は、お前を飼う前から、欠かさず応募してる。自分と約束したんだ。絶対に機会は逃さないと、自分に誓ったんだ。でも……」
「でも?」
 男は、ため息をつき、言葉を続けた。
「でも、今度ばかりは無理そうだ。まるで書ける気がしないんだ。今度ばかりは、駄目かもな。あきらめる才能も、必要なんだろうな」
「今回が、最後の機会なのかい? その投稿とやらの」
「いいや。来月からも続いていくよ。きっとな」
 猫のアメコは、神妙な顔で言った。
「じゃあ、まだ諦める才能を使うには、早いんじゃないのか?」
「甘いよ、お前は。オレは、また自分との約束を守れなかった。あ~あ、またオレは、失敗しちまったんだ」
「じゃあ、失敗できる才能を使えばいい」
「何だと?」
「失敗できる才能を使えばいいさ。そして、次は、立ち上がる才能を使えばいい」
「だから、お前は甘いって言ってるん」
 アメコが、強い口調でさえぎった。
「甘ったれてるのは、お前のほうだ。このバカチンが! そもそも、お前の誓いは、とにかく遮二無二書くことじゃなかったのか! ほんとうに大事な目標から目をそらせて、締切だけは守って、オレは頑張ってると、誓いを守った気になって、自分を安心させようとしてやがる。いいか。そんなザマだと、挑戦するより前に、取返しのつかないことになるぞ。一番大事な誓いを守るために、失敗を恐れるんじゃない! おまえには、挑戦する才能がある。だから、挑戦して失敗したと思っても、落ち込んでるヒマなんかないぞ。失敗したと思ったら、キチンと冷静に受け止めて、すぐに立ち上がる才能をつかえ!」
 男は、健気な猫の剣幕に圧倒されていた。尚もアメコは続けた
「そりゃあ、失敗するのは辛い。受け止めることも辛い。立ち上がるのは、もっと辛いかもしれない。でも、やるんだよ。失敗できる才能も、減りゃあしないさ。立ち上がる才能だって、擦り切れたりはしない。才能を使いまくれ。辛さを楽しむ才能だって身につくかもな。そうやって才能を使いまくって、あきらめる才能なんて、それから、考えりゃあいいさ」
 そこまで言ったアメコは、興奮をおさえるように自分のからだをなめはじめた。男は、そんなアメコの姿を、愛おしそうに見つめ、また眠りの世界へと戻っていった。
 男が、目を覚ますと、アメコが、ちょこんと座って待っていた。男は、アメコにエサをやり、顔を洗い、朝食のパンを食べ、机に向かうと、ペンをとった。
(了)