第54回「小説でもどうぞ」選外佳作 能ある亀はトボトボ歩く


第54回結果発表
課 題
才能
※応募数358編
選外佳作
能ある亀はトボトボ歩く 多寡乃華
能ある亀はトボトボ歩く 多寡乃華
ある年の大晦日のこと。一匹の亀がトボトボと、しかし一生懸命に歩いておりました。すると後ろから、ものすごい勢いで走ってくる動物の足音が聞こえてきました。
「はて、あの足音はもしかして?」
すぐに足音の主が、あっという間に亀を追い抜いていきました。その姿は真白な体をバネのように弾ませ、長い耳を風になびかせながら飛ぶように走り去っていったのです。亀は思わず大声を上げて呼び止めました。
「もしもし、兎さんではありませんか!」
驚いた兎は慌ててUターンし、すぐさま亀の所に戻ってきました。
「亀さんでしたか! 先を急いでいたので気付かずに失礼しました」
兎は嬉しそうに挨拶をし、亀の歩調に合わせ一緒に仲良く歩きだしました。
「兎さんは相変わらず足が速いですねえ」
「亀さんこそ、こんな早くから」
「私は足が遅いので、その分早く出発したまでです。兎さんこそ元々、走りの才能があるのにこんなに早く出発するなんて、まさに鬼に金棒ですね。その心がけが素晴らしい!」
「いえいえ『何事にも慢心せず準備を怠らない』、これを教えてくれたのは亀さんではありませんか」
「そうでしたかなあ」
亀はとぼけながらも、思わず目を細めました。
「そうですとも。その昔、兎一族と亀一族はとても仲が悪かった。我々の先祖が『どちらの足が速いか競争しよう』と亀さんの先祖に意地悪を仕掛けたそうじゃないですか?」
「そんなこともありましたかなあ」
亀はとぼけながらも頬を緩めました。
「そして我々兎の先祖は、慢心し途中で昼寝をした。その隙に亀さんが先にゴールをした。おかげで我々は思い知ったのです。『慢心は身を滅ぼす』と。以来、この教訓は代々受け継がれているのです。我々は、あの時の亀さんには心より感謝しています」
「それは嬉しい言葉です。確かにあの競争の前はお互い、いがみ合っていた。しかし競争のあと、兎さんからの謝罪を受け、我々は打ち解け合えたのです」
相変わらず亀は嬉しそうに目を細め、トボトボと一生懸命歩いています。兎も歩きながら相槌を打ちました。
「そうですとも。今日だって神様からの手紙をみて、これは一大事、とすぐさま出かけた次第です」
その手紙にはこう書いてありました。
「明日の元旦の朝一番早くに挨拶に来たものから十二番目までを、一年交替で順番に動物の大将に任命する」
大晦日の早朝にこの手紙を受け取った動物たちは皆、我先にと神様の元へ急いでいたのです。
「ところで亀さん、実は私は、あの時の競争をした兎の曾孫なのです。もちろんあったことはありませんが……」
すると亀は目を丸くして驚きました。
「なんですとっ! あなたの曾祖父だったのですか! どおりで似てらっしゃるはずだ。月日の経つのはなんと早いことか……」
「えっ? 私の曾祖父をご存じなのですか?」
兎は目を白黒させながら亀に尋ねました。
「はい。あの時、あなたの曾祖父と競争をしたのは、紛れもないこの私なのです。我々亀の寿命はとても長く、百年とも二百年とも言われているんですよ」
「まっ、まさか曾祖父を知っているなんて! 兎一族の教訓をつくってくれた曾祖父を、私は心から尊敬しています。ぜひ色々なお話を聴かせて下さい……」
兎は目から涙をこぼすほど喜びました。二人は仲良く歩きながら、兎の曾祖父のことを語り合ったのです。その間も兎の涙がとまることはありませんでした。
しばらくすると、二人の横を一匹の動物が恐ろしい速さで通り過ぎました。
「やや、あれは寅さんのようだ。兎さん、私と一緒に歩いていては優勝を逃してしまいます。どうぞ先に行って下さい」
「そうでした。今は十二支を決める大切な競争の最中でした。大変お名残惜しいのですが、お先に失礼します。曾祖父の話を聴けて幸せでした」
「私もあなたにあえて光栄でした。またいつの日か、あなたの子孫に巡りあった時、今日のあなたの勇士をきっとお伝えしますよ」
「それは嬉しい! ぜひともお願いします」
と言うが早いか、兎は風のように去って行きました。
その後、亀がやっとのことで神様の元にたどり着いたのは、お正月もとうに過ぎた鏡開きの日だったそうです。
「神様、大変遅くなりました」
「亀や、諦めずによくゴールまで頑張った」
「それだけが取り柄ですから。ちなみに兎さんはどうでしたか?」
「四番じゃった」
「兎さんでも四番とは……。私なんかとてもとても」
「いやいや、お前はそのゆっくりと堅実に歩く姿を皆に示すことで、慢心している者に気づきを与えることができるのじゃ。それがお前の才能なのだよ。兎もお前には感謝しておったぞ。私もお前のその姿に感動した。褒美に、これからお前達の寿命を万年としてやろう。長生きして、皆に手本を示すのじゃ」
「なんともったいないお言葉、ありがとうございます」
亀の目から涙があふれました。
「ところで亀よ、兎は目が真っ赤だったが何かあったのか?」
「途中、ほんの少し昔話をしました。それがとても嬉しかったようで、きっと涙が止まらなかったのでしょう……」
亀は神様に説明すると丁寧に礼をのべ、またトボトボと帰って行きました。この日以来、亀の寿命は万年となり、兎の目は赤くなったのだそうです。
(了)