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第54回「小説でもどうぞ」選外佳作 才能を落としました 岡本武士

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小説
小説でもどうぞ
第54回結果発表
課 題

才能

※応募数358編
選外佳作 

才能を落としました 
岡本武士

「私、才能をどこかに落として来たみたいなの」
 玄関の三和土に立ち尽くして、買い物袋を両手に持ったまま、彼女がそう勢いよく話しだした。
 ただいまも、お帰りも言う前だった。
「え、いくらぐらい入っていたの?」
「財布じゃないわ。才能」
 聞き間違いは仕方がない。
『才能を落とす』なんて、想像の範疇を超えていると思う。
「あ、うん……。才能って……、どんな?」
「私の才能よ。覚えていないの?」
 彼女の才能……、記憶力。
 聞いたことは大概覚えていられるらしい。
 だから、覚えられない、ということそのものが理解できないのだ。
「その、記憶力、だよね?」
「……うん」
 彼女が頷く。
 覚えていないことで喧嘩になることはしょっちゅうだ。
 メモしたり、予定表にきちんと入力はするけれども、それを見なければ僕は思い出せな。
「どこで落としたのか、考えてみようよ。買い物をしたんだよね? いつものスーパーで?」
「たぶん……」
 今度は力なく頷く。
「その後かな? 普通に帰ってきた?」
「思い出せないの」
「え?」
「思い出せないの! だから、それを落としたって、言ったでしょ!」
 そうか……。彼女の自慢の記憶力。才能だって言いきれるほどの記憶力ならば、どうやって帰ってきたのか覚えているはずなのに、それを思い出せないので、なくしてしまったって意味なんだ。
 ちょっとまって。でも彼女は落としたって言っていたよね?
「まあ、落ち着いて考えようよ。ちょっと思い出せないだけかもしれないじゃない。でもどうして、落としたって思うんだい?」
 彼女が両手にもったスーパーの袋を差し出してきた。
 ああ、持って入って意味だね。
「音がしたの」
「え? 音?」
 荷物を受け取ってリビングに向かっていた僕は慌てて振り向く。
 どうにも一度ではよく分からない会話が続いているように思う。
「そうよ。お金を落としたらチャリン。鈴と落としたらチリン。スマホを落としたらガジャン。何でも音がするでしょ?」
 彼女が靴を脱ぎだす。
 立ち止まって音の事を考えてみた。
「どんな……、音?」
 当たり前だが、僕は記憶、もしくは才能を落としたことがないので、どんな音がするのか想像ができない。
「一言で言うと、硬質な澄んだ音。サラサラという感じなんだけれども、そのサラの一つ一つはきれいなの。想像だけど『金』を落としたらきっとそんな音がすると思うんだ。だってとっても価値があるんだもの」
 彼女が靴を脱ぎ終わったので、一緒にリビングに向かう。
「きん、ね……」
 そう呟いてから、今のが『金』を反芻したのか、『キン』という音を想像していったのか、どっちなのか分からなくなっていた。
「そうなの、そしてそれが長く続いていたの」
「長く、続く?」
 ああ、また聞き返してしまった。
「才能って、塊だと思っていたけれども、どうやら砂のように流動的みたいよ」
「なるほどね。つまり、金の砂のような記憶力の才能を、ゆっくり落としながら帰ってきてしまったってことなんだね?」
「だから最初に才能を落としたって、言ったじゃない」
 彼女が少しいら立っている。
 最初っからそう言っていたのは、拙い僕の記憶力でも思い返せるけれども、最初にここまで理解できるはずがないじゃない。
 という言葉は、もちろん飲み込んでおく。
 今気づいたけと、僕の才能は、ストレスを言葉にして飲み込んでおくことで少し解消できることだと思う。
「音がしたけれども、それが才能が落ちている音だって気づかなかったんだね」
「才能の音なんて聞いたことないのに、気づけるはずないでしょ。責めないでよ」
「ごめん。そんなつもりはないよ。でも、どのくらい落としてしまったんだろうね、その才能。質か量かで記憶力に変化がでそうだね」
 我ながらよく言い表せているように思う。
「ああ、あんなことしなきゃよかったわ」
「あんなこと?」
「ほら、よく物を忘れてしまう時に、いつもと違う行為をしたことが原因だったってことあるでしょ。それと一緒よ」
「どんな違うことをしたの?」
「あなた、私の記憶力って、簡単になんの努力もなく記憶しているって思っていない」
「あ、うん。そうだと思っていた」
「飲み込むのよ。忘れたくないことをまとめてゴクリと」
 また繰り返して質問しそうになる言葉を、僕は飲み込めていた。
「そう……、その方法が違ったの?」
「味わおうとしたのよ。ゆっくりとね。そしたら美味しくなかったの。ただ飲み込めばよかったのよ」
「それは……、大変なことを頑張っていたんだね……」
 正しい慰めかどうか、もう僕には分からない。
「ちょっと行ってくるわ!」
 急に彼女が立ち上がり、玄関に向かった。
「どこに行くの?」
「探してくるのよ!」
 いそいそと靴を履き、彼女が飛び出していく。
「いってらっしゃい……」
 彼女が出たドアを見つめて、そう呟いた。
 彼女が返ってきたときに、記憶をなくしてしまったことの記憶を忘れてくれているといいな、とそう僕は考えていた。
(了)