第4回「おい・おい」優秀賞 白いぬいぐるみ しんきちの母


優秀賞
白いぬいぐるみ
しんきちの母(東京都・68歳)
結婚してから子どもができない年が続いていた。数年にわたって産婦人科での治療を行っていたが、つらい治療と経済的に家計を圧迫されたことから、
「自然体でいこうよ、ずっと二人だけでもいいじゃない」
と主人は言ってくれ、白いぬいぐるみを私にくれた。
「これは、としまえんのゲームコーナーの景品だぞ。お金を出してもたやすく買えない貴重なぬいぐるみなんだ」
真っ白な飾り気のない平凡なぬいぐるみだったが、二人はどこへ行くにもそのぬいぐるみを連れていった。
私たち夫婦にとって子どものように大切に扱っている白いぬいぐるみ。
ぬいぐるみには二人で『しんのすけ』と名前を付け、どこへ行くときも持ち歩いて同じ景色をみてきた。
たまに街角などで行われているアンケート欄の子どもの項目に「しんのすけ」と書くこともあった。
年数を追うごとに、しんのすけの体のあちこちは穴だらけになったが、それでも破れた部分に綺麗な白い布を張り合わせ四十年が過ぎた。
『しんのすけ』のふるさとである『としまえん』は閉園して、彼にはふるさとがなくなってしまったが、今では我が家で楽しそうに過ごしている。
私たち二人のかすがいのように、しんのすけはいつでも我が家の宝物。
先日、しんのすけの上司と名乗る男から、家に変な電話があった。
「しんのすけが仕事で失敗したミスでの損害金を至急支払ってほしい」
上司と名乗る男が半分を負担するので、その半分を部下に取りに行かせると言っていた。半分の金額は二百万円と高額だった。
ぬいぐるみの「しんのすけ」はいつのまにか人になっていたようだ。
その晩、主人に今日の出来事を話したところ、
「詐欺の電話だろう。街角のアンケートなどの情報から電話してきたんだな」
「しんのすけが、いつの間にか会社員になっていたのにはびっくりしたわ」
「押し込み強盗でなくてよかったよ。こっちの住所は教えなかったよな」
「もちろんよ、自宅へ行くと言っていたから、としまえんの住所を教えたわ」
「今の時代はどこで個人情報が流出するかわからないので、変なアンケートには注意しないと」
主人はテーブルに乗っていたしんのすけを手に取り、
「お前が母さんを救ったよ」
とお腹を抱えて笑っていた。
(了)