第4回「おい・おい」佳作 あぁやっと かおりんご


佳作
あぁやっと
かおりんご(兵庫県・54歳)
母は、父が定年退職すると、父と一緒にゴルフに行ったり、旅行に行ったり、穏やかな老後の生活を楽しんでいた。華やかなゴルフウェアに身を包み、若々しく颯爽とした姿は、娘である私が目指す数十年後の理想の姿でもあった。
しかし、十年ほど前、父が病に倒れてから母の生活は一変した。半年近い入院後、父が在宅での生活に戻ると、その介護に追われた。
母の心と体が悲鳴をあげ、さらに新型コロナウイルスの蔓延が追い打ちをかけ、父を在宅で介護することが難しくなり、施設入所を決めた。
父が施設に入って数ヶ月後、母が父を在宅で面倒をみていたときより腰や膝が楽になってきたとつぶやいた。
私はなんの気なく、
「気晴らしに旅行にでも行ってきたら」
と言った。
母はその言葉に激昂し、
「いつ体調が悪くなって施設から連絡が入るかもわからないのに、旅行なんて、そんな気分になるわけないやろ。あんたが私のこと、そんなふうに思ってたなんて信じられへん」
と言い放った。
別に母だけが楽しめばいいという意味で言ったわけではなく、父も施設に入所して穏やかに過ごしているから、今までできなかったことをすればいいと思って言っただけなのに、母の怒り具合は尋常ではなく、それから一ヶ月以上、ねちねちと嫌みを言われ、母との関係がギクシャクした。
父が亡くなったあと、母は旅行やゴルフに行くこともなくなり、新しい服を買うこともなくなった。着る服にも無頓着になり、十分な年金があるにもかかわらず、父が施設で着ていた色褪せた男もののジャージを着て、平気で外出するようになった。
父の三回忌が過ぎ、母が八十歳に近づいた頃、母から、
「抽選で日帰りバス旅行が当たったから、一緒に行かへんか」
と誘われた。母からの誘いが正直うれしかった。
あぁやっと、父の死後、旅行に行きたいという気分になったんだと安堵した。
母が自分の足で元気で歩くことができ、外出する意欲があるうちに、母娘の思い出をたくさん作りたいと思った。
(了)