第4回「おい・おい」佳作 泣き虫おばちゃん 土井いくみ


佳作
泣き虫おばちゃん
土井いくみ(37歳・京都府)
私は小さな頃から泣き虫であった。自分の思い通りにならなければすぐ泣いていた、本当に困った子だった。
しかし大人になり、その涙の種類が変わってきているように感じる。
それを痛感したのは、昨年、親戚の結婚式に参列したときのことだ。花嫁は十歳年下のAちゃん。幼い頃はよく面倒を見ていたが、今は数年に一度顔を合わせるかどうか。Aちゃんの結婚を母づてに聞いたときは「ふーん、よかったね」くらいの感想しか浮かばなかった。参列が決まっても、自分が式の最中、どのような感情を抱くのか全く想像がつかないままであった。
“親戚のおばちゃん”枠として参列するのは初めてであるため、当日は猫背を伸ばすよう意識していた。しかし、Aちゃんがどんな学校生活を送り、今どんなことを頑張っているのかも知らない私が、すぐに「早くおいしいもの食べたいな」と考え始めてしまうのは仕方ないことだった。
時間となり、会場の扉が開いた。生演奏が聞こえ、会場の入り口にAちゃんとその旦那さんが並んでいた。新郎新婦が参列者を出迎えるスタイルはきっと二人が考えた演出なのだろう。この時点でもまだ「今時な結婚式、オッシャレ~」と思える余裕はあった。
会場に入る列が少しずつ進み、次が自分の番となり、Aちゃんと目が合った瞬間、突然鼻の奥が熱くなり、みるみるうちに涙が溢れた。
Aちゃんが「え?」と言い、私も「え?」と返事した。
Aちゃんが驚くのも無理はない。何年も会っていない人が親よりも早く泣き出したのだ。とにかく何か言わないとと、「Aちゃん、昔、小さくて、大きくなって……おめでとう!」と見事、“親戚のおばちゃん”として模範的な言葉をかけ、涙をハンカチで押さえながら自分のテーブルへ移動した。
式は温かみのある素敵なものだった。参列者一人一人に手紙を書いてくれていて、それを読んではまた涙が溢れた。
思えば、小さな頃は自分の思い通りにいかないという負の感情のときだけ泣いていた。現在、いろいろな経験を積んできて、多少悔しくても涙を流さずに自分に折り合いをつけられることも増えてきた。ただ、いろいろな経験してきたからこそ、堪えきれない涙も増えたのだなと感じる。
Aちゃんと目が合ったときの涙はどういった感情だったのか、と言われるとうまく説明はできないのだが、負の感情ではないのだけは確かだ。
こうやって、説明のできない涙を流しながら“親戚のおばちゃん”になっていくんだろうな、と帰り道で考えた。
(了)