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第4回「おい・おい」佳作 父のルーティン 手塚由紀

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おい・おい
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佳作

父のルーティン
手塚由紀(57歳・東京都)

 

 二世帯住宅で暮らす両親を誘って、家族でレストランに行った。孫たちと一緒に楽しそうに食事をしていた父だったが、帰ろうとしたとき「何も食べてない」と言い出した。
 私と夫は「きたー」と顔を見合わせた。八十四歳、鍵を閉め忘れたり、ものを失くしたりと兆候はあったが、このとき、はっきりと認知症と確信した。
 申請すると父は要介護二、心臓の持病がある母も要介護一と認定された。まだ足腰はしっかりしていたが、お風呂の介助などにヘルパーさんに入ってもらうようになった。
 父にはいくつかルーティンがあった。朝、すべてのカーテンを開ける、窓際に座って時計のゼンマイを巻く、晴れている日は落ち葉を掃く。
 その日も外から聞こえるサッサッというリズミカルな竹箒の音に、父が通りに出ているのがわかった。が、しばらくしてヘルパーさんが「シゲジロウさんがいない」と飛んできた。さっきまで箒の音がしていたからその辺にいるはずよ、と探しに出ると、百メートルほど先の公園の前で掃除している姿を見つけた。落ち葉と共に移動して行ったのだろう、たいしたことではないと思っていた。
 ところが買い物に出たとき、駅の近くを歩いている父を見かけてびっくりした。
「じいじ、どうしたの、どこへ行くの?」
 声をかけると、パンを買いに来たと言う。何十年もの間、朝はトーストと温めた牛乳、それも変わらぬルーティンだ。家にパンがあるか確認などしない。明日の朝のパンがないという不安で出ていってしまうのだ。
 私は認知症で徘徊する人には理由があると思っている。記憶が昔に戻って「そうだ、仕事に行かなければ」と急ぎ駅に向かい電車に乗る。だがそこで、はて何をしに来たのだったかと出てきた理由を思い出せなくなるのではないか。降りる駅がわからなくなり、遠くまで行ってしまう場合もあるだろう。断片的な記憶を拾い、たどり、一生懸命自分のすべきことを探しているのだと想像している。
 ひょいと机の上に置いた紐やリボンはいつも父が巻いておいてくれた。そして九十歳を過ぎても落ち葉を掃き、近所の方々から感謝されていた。脳梗塞をおこし、九十八歳で旅立ったが、天国の門の前でいまも落ち葉を掃いているかもしれない。
(了)