第4回「おい・おい」選外佳作 怪しい電話 千葉静子


怪しい電話
千葉静子(栃木県・72歳)
背中に少し痛みを感じる。湿布薬を貼りたいところだが、右腕も左腕も器用には動いてくれない。あきらめて息を吐いた。
そのとき、けたたましい音量でスマホが鳴った。耳の衰えのため自分で設定した音量なのに、毎度びっくりして体が震えてしまう。
電話の声は高齢男性のようだ。落ち着いている。
「あなたの大切な時間に電話訪問をし、恐縮です。私は決して怪しい者ではありません。とてもいいお話をご案内します」
怪しいに決まっている。でも、五分ぐらいなら付き合ってもいい。こちらも暇だから。
「一万円を振り込んでくれたら、十三年後には二万円になるのですよ。すごいでしょう」
十三年後、多分きっと絶対に私は生きてはいない。
なんとも中途半端な詐欺電話だ。
しかし、このトホホな高齢男性を放ってはおけない。
「あなた様のお名前を教えてください」
私は尋ねた。
「名乗るほどの者ではございません」
「そうおっしゃらずに、これも何かの縁ですから……」
すると、男性はキリリとした口調で、
「わかりました。懇願されると弱いのです。私は、チバユキオと申します」
一年前に、特別養護老人ホームに入所した夫だった。
毎日、あの手この手で私を楽しませ、笑わせてくれる。
「今日の脚本も秀逸だったわ」
私が言うと、
「君が誰かの詐欺電話に引っかかったらと思うと心配でならない。相手の名前を聞き出そうとしたのはよかった。合格としよう」
互いの芝居、芝居をほめあって一日が終わる。車椅子、不自由な装具。左半身が麻痺の暮らしになって六年目だ。
四年間の在宅介護では、二人で泣いたり笑ったりの積み重ねが二人を育ててくれたのかなあ。
毎月往診に見える医師が話していたことを思い出す。
「お二人はホントに羨ましい。ご主人は幸せだね。こんなにも明るく楽しい空気の中で暮らしているのだから。私のほうが元気をもらって帰っているし」
医師が家を去るとき、私は、
「先生、お体を大切にしてくださいね」
と謝意を述べる。夫は動く右手を大きく振って見送る。
「オイオイと突っ込みながら老いを追い」
自作の川柳を心の支えに、今日に至った。
明日は、夫はどんなアイデアを届けてくれるか、待つことにしたい。二人は役者だから。
(了)