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第4回「おい・おい」選外佳作 ついに、とうとうと言いだした人 岡昌子

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おい・おい
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<選外佳作>

ついに、とうとうと言い出した人
岡昌子(三重県・42歳)

 

「俺さ、ついに老けたと思うんだよ」
 五十二歳を過ぎた夫が、ある日、深刻そうな顔でそう言った。ついに、という言葉をわざわざ付けるあたり、本人的にはかなりの一大事らしい。私は思わず、「え、今?」と聞き返してしまった。
 夫はそれ以来、鏡を見るたびに「老けた」「疲れて見える」「昔はこんな顔じゃなかった」と言うようになった。
 とうとう来たか、老いの自覚期。そう思いながら、私は半分本気、半分笑いで聞いている。
 ある日、五年前の写真を一緒に見返してみた。確かに若い。肌にハリがあるし、目もキラッとしている。
 夫は「ほら、全然ちがうだろ」と得意げだが、私から見れば「まあ、若干ね」程度の差だ。十歳年上の人が、五年分の変化にここまで敏感になるものなのかと、少しおもしろくなった。
 そんなある晩、私が軽い気持ちで「顔、マッサージしてあげようか」と言うと、夫は少し照れながらも素直に応じた。顔から首、デコルテまで、ゆっくり手を動かす。ただそれだけだ。特別な道具も、高い美容液も使っていない。
 翌日、夫は会社から帰ってくるなり、目を輝かせて言った。
「聞いて。とうとう会社の顔認証が通らなくなった」
 どうやら、マッサージ後の顔が“別人”扱いされたらしい。
「それで同僚に『なんか痩せた?』って聞かれてさ」と、まるで大発見のように語る。
 私は心の中で、「そんなこと、あるかいな」とつっこんだ。一晩で顔認証が反応しなくなるなら、世界中の人が毎晩マッサージしているはずだ。それでも、本人がうれしそうなので、「へえ、よかったね」とだけ言っておいた。
 老いは、ある日突然やってくるらしい。体より先に、気持ちが追いついてしまうのだ。夫の「老けた」という言葉は、見た目よりも、時間が過ぎていくことへの不安なのかもしれない。
 十歳年上の夫が老いを気にし、私はそれを少し若い目線で眺めている。この距離感が、今はちょうどいい。ついに老いを意識し、とうとう受け入れ始めた夫を、私は今日も少し笑いながら見ている。
 そしてたぶん、いつかは私も同じ言葉を言う日が来るのだろう。そのときは、誰かにマッサージしてもらいながら、「そんなことあるかいな」と笑っていたいと思っている。
(了)