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第4回「おい・おい」選外佳作 私の「雨月物語」 辻 基倫子

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<選外佳作>

私の「雨月物語」
辻 基倫子(山梨県・52歳)

 

 自分の体の中に雨を宿すようになったのは、出産、育児を一通り終え、四十代半ばを過ぎた頃からだ。
 あれは、一月の早朝、高校の教師をしている私は、同僚と一緒に、根雪の残る大学校門前に受験生を応援するために二時間ほど立ち続けた。夢中で受験生を激励し、全員入館するまで見送った。その後、同僚と別れ、駐車場を一人歩いているとき、失禁してしまったのだ。コートに染みができるほど。
 あのとき、自分の体に真っ黒な雨雲が立ち込め、季節外れの夕立に襲われ、茫然と立ち尽くした焦燥感と孤独は誰にも打ち明けられない恐怖となった。
 この一件以来、私は五月雨雲(さみだれぐも)と共に生きる身となった。授業の前に必ずトイレで用を済ませるようにしても、授業の終わる時間まで我慢できず、授業を中断してトイレに駆け込むことが増えた。私が「トイレに行ってくるけど、ちょっと待ってね」と言ったとき、最初のうち、生徒は皆驚き、笑っていたが、そのうち、誰も笑わなくなり、穏やかにうなずくだけになった。そして、何人もの生徒から「授業中、トイレに行きたくなったとき、行きやすい雰囲気になって、とても気が楽になったよ。先生のおかげだよ」と言われた。
 このように言葉をかけられるたびに、考えることがある。自分の意志の力ではどうにもならない生理現象に襲われたときに、その現象によって人から迷惑がられ、しまいには社会的に孤立するということは人間の幸福を確実に奪っているのではないか、ということだ。
 私の父は晩年、介護施設で車いす生活をしていたが、「糞尿の始末を介護職員にさせるのが申しわけない」と言い、極力飲み食いをしないようにしていた。挙句の果てに、入所前よりも十五キロも体重が落ち、体力不足から罹り始めた肺炎をこじらせて亡くなってしまった。介護職員は皆親切で、誰も糞尿の世話を嫌がったりしなかったのだが、長年しみついた父の「糞尿漏れ」に対する固定観念がそのような事態を招いたのではないかと思っている。
 私は今のところ、偶然、人前で失禁したことはない。だがもし、教壇に立っているとき、生徒や保護者と対応しているとき、会議の最中、ひどい尿漏れが起きたら、次の日から職場に行くことができないことは間違いないだろう。私がこれまで積み上げてきた社会的なつながりは、こんなに簡単に、あっさりと失われてしまうのだ。 
 初老の年になり、私の「雨月物語」は冴え冴えとした怪異を帯びるようになった。
(了)