第55回「小説でもどうぞ」佳作 モンスター 草浦ショウ


第55回結果発表
課 題
コンテスト
※応募数358編
草浦ショウ
恵子は激怒した。
事の発端は一週間前に遡る。
リビングの家族共用パソコンの前に座り、何やら検索をしていた裕太が、突如大きなため息をついた。
「なに? ため息なんかついて」
「落ちてた」
「落ちてたって……なにが?」
「もー、コンテストだよ!」
「……あー、はいはい」
数ヶ月前、裕太は「ネットで見つけた」とかいう小学生限定の絵画コンテストに応募をしていた。テーマが確か、オリジナルの怪獣だかの絵だった気がする。
正直全然興味がなかったので、完全に頭から消えていた。
「くそー、けっこう自信あったのになー」
「へぇ。それは残念でした」
テキトーに返事をした母親の横顔をじっと見つめたあと、裕太は無言で自分の部屋にこもってしまった。
恵子はそんな息子の様子など意にも介さず、「パソコンが空いたので推しの芸人の動画でも観よう」と椅子に座り、マウスを弄った。
すると、一枚の絵が表示された。
裕太がコンテストのページを開きっぱなしにしていたようだ。
『最優秀賞』と書かれたその絵は、とても迫力があった。
素人目に見ても、怪獣のデザインは秀逸で、構図も見事だ。とても小学生が描いた作品とは思えない。
それも当然だ。
なぜならその作品は、どう見ても明らかに、生成AIによって描かれていたのだから。
「……いやいや、おかしいでしょ」
思わず声が漏れる。
裕太がどれだけ努力したと思っているんだ。
それを、こんな卑怯な馬鹿ガキに台なしにされたなんて。いや、周囲のろくでもない大人の入れ知恵か?
いずれにしても、絶対に許せない。
恵子はすぐさま、お問い合わせフォームを探した。
見つけると、事務職仕込みの超速タイピングで文章を打ち続ける。
もちろん、主催者への苦言だ。
彼らの見る目のなさを嘆き、息子の努力をアピールし、その努力が裏切られたことに怒り、賞の撤回を求めた。
それから一週間が経った。
主催者側からの返答はない。もちろん、賞の撤回などされていない。
「そっちがその気なら、こっちもとことんやってやるわよ」
恵子は、スマホからSNSのアプリを開いた。
普段は推しの芸人のことくらいしか呟いていない平和なアカウントから、とびきりの爆弾を投下する。
『息子が一生懸命描いて応募したコンテストの最優秀賞が、どう見ても生成AIで描かれた作品でした……。息子は連日泣き続けています。大人なんて信用できない、と絶望しています。だから私は、大人の信用を取り戻すために行動しようと思います。みなさん、息子のためにも、どうか力を貸してください』
この呟きには、コンテストのHPと、賞の撤回を求めるオンライン署名のリンクをひも付けた。
後悔してももう遅い。彼らのようなクズは火だるまにでもならない限り、自らの過ちには決して気付かないのだ。
鼻歌が聞こえた。
冷蔵庫の前で、裕太がコップにカルピスを注いでいる。
コンテストのことなどすっかり忘れたような、気の抜けた表情だ。
「裕太さ、コンテストのとこ悔しくないの?」
「へ? ……あー、すっかり忘れてた」
「……呆れた」
あなたのために、どれだけの思いで戦っているのかも知らないで。この親不孝者。
恵子の苛立ちを知ってか知らずか、裕太はカルピスを一気に飲み干すと、すぐに外に出かけていった。
その背中を睨みつけたあと、ソファに座りスマホを手にする。SNSを開くと、通知が何百件も来ていた。
「きた……きたきたきた!」
心臓が一気に高鳴る。
恵子が放った爆弾は、見事に爆発したようだ。
顔のニヤつきが止まらない。ベルの形をした通知マークをタップすると、この件に反応したユーザーの投稿が一覧となって表示された。
比較的冷静な内容が大半のようだが、罵詈雑言も少なくない。ネットユーザーらしい、相手を小馬鹿にした煽るような内容も多々見られる。
恵子は頭が真っ白になった。
その全てが、恵子に向けて投下されていたのだ。
裕太が帰宅すると、母親の様子が明らかにおかしかった。
目が真っ赤だし、苛々した態度を隠そうともしない。
「裕太さぁ」
「ん?」
「なんで教えてくれなかったの」
「……なにが?」
「コンテストのことに決まってるでしょ! AIを使うルールだなんて、ひとことも言ってなかったよね!?」
確かに、裕太が応募したのは、『生成AIを使ってオリジナルの怪獣を作ろう!』というのが主旨のコンテストだった。だけどそれがどうしたというのだろう。応募することを伝えたときは全く興味を持たなかったくせに、今になって何が気に食わないのか。
「ママ、大恥かいたんだけど!」
恵子は激怒した。
よく分からないけど、いつもの『アレ』が始まったのだと理解した。
普段はほったらかしなのに、ときどきタガが外れたかのように、『裕太のため』という名目で暴走するときがある。
先生を怒鳴りつけたり、お店や病院に苦情の電話を入れたり、今日みたいに裕太自身に矛先が向かうこともある。
そういうとき、裕太は下を向いて俯くことしかできない。
嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。
そうだ。次また同じようなコンテストがあれば、ママをモデルにしてみよう。
きっと物凄い怪獣が生まれるに違いない。
(了)