第55回「小説でもどうぞ」最優秀賞 防犯ポスターコンクール 齊藤想


第55回結果発表
課題
コンテスト
※応募数358編
齊藤想
潤人は一流の泥棒を自負している。
一見すると普通のサラリーマン。堅めのスーツに身を包み、営業に見せかけて高級住宅街を
仕事を終えるとスーツ姿に戻り、いかにも残業をしてきた様子で帰宅する。家には妻と子どもが待っている。家族こそ、潤人のやる気の源だった。
今夜も仕事は順調だった。
帰宅した潤人がくつろぎながら妻とビールを飲んでいたら、小学三年生の長男である剛士が、まちかねていたかのように画用紙の束をもってやってきた。
「ねえパパ」
純真な目が、潤人をとらえる。家族のぬくもりに、潤人はほほをゆるめる。潤人は家庭ではよきパパなのだ。
「どうしたんだい? 学校で面白いことでもあったのか」
剛士は何度もうなずくと、食卓テーブルを埋め尽くすほど画用紙を並べた。新しいクレヨンの匂いが漂ってくる。
「今度、学校で防犯ポスターコンクールに応募することになったんだ。さっそく描いたけど、どれがいいと思う?」
潤人は口にしたビールを吹き出しそうになった。よりによって、泥棒の息子が防犯ポスターコンクールに応募するとは。
だが、剛士は父が泥棒であることを知らない。自然体で対応しなければ。
潤人は左から順番に画用紙を手に取る。
一枚目は空き巣に注意だ。中央に描かれているのは泥棒。黒い目出し帽に、黒色の上下スエット。闇夜に溶ける完璧な服装。そして、覆面をしていても分かる特徴的なアゴと、極端なガニまた。
どう見ても、仕事中の潤人だ。妻も驚きの表情を浮かべている。
潤人は慌てて画用紙を裏返した。
「こ、この絵はよくないなあ。先生が勘違いするかもしれないじゃないか」
「リアルでいいでしょ。やっぱり、描くなら本物じゃないと」
「ちょっと待て。誰が本物だって」
「えっ、違うの? だって、屋根裏にたくさんの盗品があるし」
剛士はポスターを手に胸を張る。いつ屋根裏に入ったのか。潤人は息子から目をそらした。
「とにかく、これはダメだ。学校に提出するのは止めなさい」
「せっかくの、自信作だったのにい。じゃあ、こっちはどう」
次に剛士が手にしたのは、女性詐欺師のポスターだった。尖った口に、細身のメガネ。さらには、人目を引く大柄なイアリング。
今度は妻の顔が引きつる。
「これはママじゃないの。なんで、ママをモデルにするの?」
剛士は口をとがらせる。
「だって、どうせ描くなら、一流の詐欺師がいいなと思って。ネットで有名な宝石詐欺師ってママのことでしょ。行動履歴が完全に一致しているもん」
妻が顔を赤らめる。
「あら、まあ一流だなんて……けど、このポスターは誰にも見せたらいけませんよ。ママが変な目で見られるようになったら、剛士も困るでしょ」
「なんだよ、まったく」
妻が喜びを隠す一方で、潤人のプライドが傷つく。ママは一流で、パパは違うのか。
「とにかく、防犯ポスターにうちの家族を描くのはダメだ。余計な誤解を招く」
「誤解じゃないと思うけど」
「余計なことはしなくてもよい。誤解といったら誤解なのだ」
「しかたがないなあ。それなら、これなら文句ないでしょ」
今度は若い男女が描かれている。キャッチコピーは「不倫一瞬、後悔一生」。
「これ、お前の担任の先生じゃないか。絶対にやめとけ」
「だって、あまりにバレバレなんだもん。クラスメイトはみんな知っているよ。男の先生は不倫が奥さんにバレて離婚させられて、慰謝料と養育費の支払いのために高級スポーツカーを手放して……」
「もう口を閉じなさい。剛士の身が心配だ。ただのコンクールなんだから、ひとつぐらいまともな絵はないのか」
「もっとあるよ。たくさん描いたから」
剛士は次々と絵を出してきた。今度のモデルは同じ小学校の児童たちだ。
万引きをする女子グループ。
ピンポンダッシュをする悪ガキ。
「何を考えて、こんな絵を描いたんだ。うわさや憶測で描くんじゃない。友達が傷つくとは思わないのか」
「うわさじゃないもん」
剛士は断言した。
「全部この目で見て、この耳で聞いてきたことだもん。全て本当だよ。それに、このポスターが貼られたら悪いことはできなくなるでしょ。これぞまさに、完璧な防犯ポスターじゃないか」
剛士の目が、潤人を射抜く。
潤人は、剛士に警察官になる資質を見た気がした。その一方で、両親への思いやりを忘れない。
「確かにそのとおりだな。お父さんもお母さんも考え方を改めるよ。家族で新しい生活を始めよう」
潤人は妻と目を合わせた。妻も同じ気持ちだろう。潤人は立ち上がると、部屋の隅に取り付けてあった小さな機械をつまみ上げた。
「剛士は“
剛士は首を横に振った。
「大きなことをなすには、身近なことから始めようという意味だ。だから、まずは剛士が設置した盗撮カメラとGPS発信機を外して、次に盗撮映像をネタに友人から脅し取った新品のクレヨンを返して、それから……」
(了)