公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第55回「小説でもどうぞ」選外佳作 運命の人間コンテスト 軒下むすび

タグ
小説
小説でもどうぞ
第55回結果発表
課 題

コンテスト

※応募数358編
選外佳作 

運命の人間コンテスト 
軒下むすび

「はい、……そうですか。トライアルは中止ということで。承知しました。いえ、明日ですね。お待ちしております」
「鈴木さん、今回もベティですか?」
 僕はため息をつきながら受話器を置いて、顔を顰める田中さんに頷く。何度目かの保護猫譲渡トライアル。黒猫のベティは今回も譲渡希望者の家に馴染めなかったようだった。
 
 ベティはこの保護施設で保護している黒猫だ。雨の日に道路の横でうずくまっていたのを保護されて、うちにやってきた。その時点で推定十歳はすでに超えていてシニア猫といって差し支えない年齢だった。衰弱がひどく年齢のこともあり、もしかしたら……とスタッフ全員が覚悟をしていたがベティは生きる力が強かった。僕らを警戒しながらも餌をしっかり食べ、僕らの見ていない時間帯に眠り、みるみると回復していった。後遺症となるような怪我や病気もない、強運の持ち主でもあった。
 一命をとりとめ、体調も回復した頃合いを見計らって譲渡に踏み切ったのだが、そこからが難航していた。人間にも慣れて愛くるしい仕草を見せるようになったし、艶やかな黒い毛皮やカッパーの瞳は美しい。人懐っこい様子の動画や写真をSNSにアップするとすぐさま譲渡希望者は現れる。しかしどれだけベティの性格や生活パターンの説明を重ねても、たとえ過去に猫を飼ったことがある人でも、先住猫との相性が悪かったり、他の家族と上手くなじめなかったりしてトライアルが中止になってしまうのだ。
 こんなに魅力的な彼女なのに、飼い主との相性がネックとなって譲渡先が決まらない。僕はやきもきしていた。

「ベティ。ごめんね。今度も君のお家を決められなかったよ」
 翌日、施設に帰ってきたベティの前にエサ皿を置いて僕は零してしまった。彼女は行儀よく皿の前に座るとハグハグと魚の身をほぐしながら食べている。今は彼女しかいない。ベティ以外の子たちは皆新しい家で、新しい猫生を始めている。僕はため息をついた。
「もういっそベティに選んでもらうっていうのはどうですか」
 そういって田中さんはスカートを手でまとめながら、ベティの横にしゃがみ込んだ。そんな田中さんの様子を気にすることなくベティは食べ続けている。僕は腕組みをしてベティを眺める田中さんに問いかけた。
「どういうこと?」
「譲渡希望者を並べて、そこをベティに歩いてもらって……その中から選んでもらうんです。昨日、海外の動画でわんちゃんの譲渡先をそうやって決めているのを見たんですよ」
 それは僕も以前見たことがあった。しかし群れで生活する犬であれば可能かもしれないが、猫はどうだろう。僕は首を捻った。
「上手くいくかなぁ……」
「そもそも、よく考えたらおかしいじゃないですか」
 彼女は腕組みをして唇を尖らせた。
「人間が猫を選ぶばっかりで。猫側が家族を選んだっていいと思うんです。そりゃあもちろん、人間側の条件はかなり慎重に確認するとして、ですけど」
 僕は顎に手を置いて考える。確かに彼女の言うことは理想論ではあるが、一理ある。僕らはいつも選ぶ側だと無意識的に思い過ぎているのかもしれない。ベティが誰を選ぶか、という視点で考えたことは愚かにもなかった
 考え込む僕を置いて彼女は立ち上がった。その顔は晴れ晴れとしていて、瞳には強い光が満ちている。お皿にひとかけらも残すことなく食べ終えたベティも、不思議そうに田中さんを見上げている。
「さ、鈴木さん! ものは試しですよ。わたし、SNSでたくさん宣伝しますから、良い感じの写真をお願いします」
 決断すると田中さんは行動が早い。僕は何枚かのベティの写真を田中さんに早速送った。田中さんは上機嫌でパソコンのキーボードをたたき始めた。
 
 反響は僕の予想をはるかに超えた。ぜひ参加したい、ベティとの縁を繋ぎたいという希望者が殺到。僕たちは譲渡条件をクリアした二十人をコンテストに招待した。ベティのための、ベティによる「運命の人間コンテスト」だ。
 コンテスト当日。僕は絨毯の敷かれた花道の端から会場をのぞき込む。花道を中心として、その両脇のパイプ椅子には老若男女、様々な志願者が揃っている。その誰もがベティに選ばれたくて、清潔な身なりで、猫が嫌うような柔軟剤や香水の匂いを纏うことなく細心の注意を払った様子で揃っていた。
 ケージの中のベティをのぞく。ベティは興味津々といった様子で会場を見ていた。僕はごくりと唾を飲み込む。この中にベティの運命の人がいるのかもしれない。
「それでは皆様大変お待たせしました! ベティが選ぶ家族は誰か! 運命の人間コンテストを開催します」
 田中さんはマイクも使わず声を凛と張り上げた。そして僕を振り向く。僕はゆっくり頷いてケージの扉を開けた。
「さぁ、ベティ。君が選ぶんだよ。行っておいで」
 譲渡希望者の目がキラキラとスポットライトのように輝いている。ベティは綺麗な黒い鍵尻尾をピンと立てて、キャットウォークを歩み出した。
 そして僕を振り向く。カッパーの鮮やかな瞳は僕を射抜いていた。
(了)