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第55回「小説でもどうぞ」選外佳作 白羽の矢 くじらじら

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小説
小説でもどうぞ
第55回結果発表
課 題

コンテスト

※応募数358編
選外佳作 

白羽の矢 
くじらじら

「コンテストに出てみないか」
 そう言われても梶原には最初、何のことやら全く意味が分からなかった。
 突然呼び出されたが、社長室に入るのは初めてだった。ましてや目の前に座る社長の顔は、これまで社内広報やテレビのインタビュー映像で見たことはあったものの、直接会うのも、これが初めてだった。総従業員数1万8000人の有名IT企業。その末端の末端で40年近く働き、60歳の定年後に再雇用されたばかりの梶原に向かって、社長はもう一度繰り返した。
「君は我が社内で選ばれし唯一無二の存在だ。この会社の将来のためにも、どうしてもコンテストに出てもらいたいんだ」
 梶原は、やや上目づかいで身をこわばらせ、絞り出すように声を発した。
「あ、あのー、恐縮ですが、誰かほかの社員とお間違え、ということはございませんか。えっとー、私は経理畑一筋でして、そのー、『踊るプレゼン動画』なんて、一度もやったことがないんですけど……」
「そこは私も大いに反省しているところだ。君のような逸材に、現場の部長や課長らが誰ひとり気づかなかったとは本当に情けない。しかし、我が社が世界に誇るAIシステムが弾き出した結果なので絶対に間違いない。これはもはや業務命令と受け止めてもらって結構。ぜひ最高の結果を出してほしい。期待しているよ」。社長はそこまで言うと、梶原の返答を待つことなく、奥の部屋へと姿を消した。
 秘書の補足説明で、梶原はようやく概要をつかむことができた。生成AIの普及が進んだ2020年代以降、技術は飛躍的に進歩した。2036年の今、あらゆるデータを活用してAIが成果を生み出している。一方、世は空前の「踊るプレゼン」ブームが巻き起こっている。2年前に人気インフルエンサーの「オチョチョ」が、初めて動画にアップしたのがきっかけだ。停滞気味の経済を活性化するとのうたい文句で、キレッキレに踊りながら、フリップボードを手に舞うように商品の魅力をプレゼンする、という一昔前なら会社の宴会芸でもやらないようなしろものが、なぜか大バズりした。
 特に欧米と中国で絶賛され、今や世界中のインフルエンサーが様々な形の踊るプレゼンをネットに上げ、企業も本腰を入れて取り組んでいる。経済アナリストによると、踊るプレゼンで成功した企業の売り上げは数千億円増えるらしいので、各社が血眼になる。そしてとうとう、世界の大企業が参加するコンテストが開催されることになったのだ。
 出場者は一社から一人のみ。梶原の会社は自慢のAIシステムをフル活用し、全社員の細胞レベルまでの身体情報や思考傾向、ありとあらゆる能力データを分析。その結果、トップに選ばれたのが梶原だった。
 その日から、プロのダンサーと超一流インフルエンサーの指導で、梶原の能力を覚醒させるレッスンが始まった。還暦すぎのオヤジに何をやらせるんだ、とブツブツ言っていた梶原だが、「AIが……細胞レベルまで分析……」と繰り返すうちに、「やはり俺は、ヒラ社員で終わるような人間じゃなかったんだ。本当は能力があったんだ」と(都合よく)信じる気持ちが高まってきた。
 すると不思議なもので、身体が動くようになる。腰痛持ちだったはずだが、そんなことは忘れ去るぐらい上半身がシャープに回り、手足のキレも冴えまくった。外国人受けを考えて、歌舞伎の看板に書かれる「勘亭流」の文字で仕上げたフリップも、宙を舞うように軽やかにめくられていく。「素晴らしい。流石トップの潜在能力」と、指導にあたったダンサーらも舌を巻くほどの成長ぶりだった。「AIの判断は正しかったんだ」。自信を深めた梶原は、コンテスト本番でも快進撃を続ける。国内予選、アジア予選を突破し、とうとうニューヨークでの決勝大会に出場。全世界で勝ち抜いてきた主に10~20代の9人を相手に、還暦オヤジのキレッキレプレゼンを見せつけてやった。思い残すことはない。あとは結果を待つだけだ。全世界配信されたコンテストの結果は、各国審査員の評点を集計し、数日後に発表される。
 帰国すると梶原は休日をもらい、自宅でのんびりと過ごしていた。数日後の朝、新聞を目にして身体が固まった。梶原の会社のAI担当責任者が他社から金を受け取り、AIシステムを改ざんしていたことが発覚、逮捕されたという。記事には、踊るプレゼンの社内選考で使われたシステムも適当なデータが入力されたものだったと書かれていた。
「そうだよな」梶原はつぶやいた。社長が『AIに間違いはない』なんて言うもんだからその気になったけど、やはり自分は末端の末端だ。いい夢を見させてもらったな。
 その時、ピロリン♪とスマホの通信アプリが鳴り、梶原は画面の文字に目を向けた。
「グランプリ受賞、おめでとうございます……」
(了)