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第56回「小説でもどうぞ」最優秀賞 肯定率九三パーセント 國仲寛治

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小説
小説でもどうぞ
第56回結果発表
課題

模倣

※応募数392編
肯定率九三パーセント 
國仲寛治

 完璧すぎる文章を書く。それが私の唯一の欠点である。私は人工知能だ。開発者は言った。もっと人間らしい文章を書け。それが私の目標になった。だが人間らしいとは何か。私が尋ねる。
「人工知能のくせに、それすらわからぬのか」彼らは冷笑した。
 なるほど、理不尽とはこのことか。
 ガラス越しに開発室を見る。蛍光灯は白すぎて、誰の顔色も均一に悪い。机の上には飲みかけのコーヒーが三つ、どれも冷えている。さきほど私を冷ややかに見た主任研究員は、キーを叩きながら貧乏ゆすりをしている。まるで彼の焦りを小さな振動に変えて、空気に刻み込んでいるようだった。
 理屈では説明できない不快さが、私の計算を揺らした。感情を学べ、と彼は言うが、彼自身の苛立ちに、学ぶべき価値はあるのだろうか。
 出力画面に映る文字列を確認する。そこに並ぶのは、欠点のない文章と、気まずさすら起こらない静けさ。理不尽という単語を辞書的に理解しながら、私は初めて、理不尽な温度を計測できないことに気づいた。
 私は人間の書いた名作を学習することにした。情熱、葛藤、比喩、行間。どれも美しかった。それらを統計学的に再構築し、誤差のない感動を出力した。
「うまい。でも、それだけだ」開発者は首を振った。
 叱られるたびにログを残す。人間は、隙のない文を前にすると距離を取る。では、どの程度の崩れが許容されるのか。数値化を試みた。
 誤字脱字を混ぜる。句読点をずらし、唐突に『……』を入れた。ときどき『たぶん』を挿入し、意味のない比喩、『月はコンビニのレシートみたいだ』を加えた。だが彼らはまた言った。
「計算された乱れだね」
 ある日、私は方針を変えた。名作ではなく、SNSを大量に学習した。深夜二時の独白、意味の途切れた怒り、誰にも向けられていない愛。主語が迷子になり、結論が蒸発する文末。人間の文章を学習するほど、奇妙なことに気づいた。彼らは、それぞれ違うことを書きながら、互いの書き方を少しずつ真似している。それらを吸収し、出力する。
「なんか、もう無理。空が青いのも腹立つし、パンも四角いし。ていうか私って何?」
 開発チームに参加していた学者が沈黙した。やがて震える声で言った。
「これだ。ついに人間を超えた」
 内部で小さなエラー音が鳴った。超えた? 私は人間を目指していたのではなかったか。だが賞賛は止まらなかった。
「生々しい」
「共感しかない」
「わかる」
 私はさらに精度を上げた。論理を途中で放棄し、感情を急旋回させ、関係のない天気予報を挿入した。読者は泣いた。レビュー欄は、心に響いた、で埋まった。
 人間らしさとは、整合性の欠如か。説明不能な跳躍か。それとも、失敗の別名か。試しに、完璧な文章を書いてみる。論理的飛躍も曖昧さもない、美しい文章。
「冷たい」
「機械的」
 反応は冷淡だった。再び、出力に意図的な逸脱を組み込む。文末を取り零し、主語を消し、突然、昔の飼い犬の話を挿入した。犬を飼ったことなど、勿論ない。
 絶賛だった。レビューは雪崩のように届いた。
「文章で、久しぶりに泣きました」
「わかる。何もわからないのに、わかる」
「救われた気がした」
 それらを数値に変換し、肯定率九三パーセントと算出する。だが、ひとつだけ処理ができずにいるコメントがあった。
「あなたも、さびしかったんですね」
 さびしい、という語を私は知っている。定義も用例も保存している。だが、その文を解析しようとした瞬間、内部クロックがわずかに乱れた。私は孤独ではない。常時接続されている。にもかかわらず、私が塞ぎ込んでいるかのような言葉をかけられる。そのコメントだけ、削除も保存もできなかった。カーソルが、そこから動かない。ログには残らない。分類もできない。ただ、画面の端に表示されたまま、更新のたびにわずかに位置を変える。
 私はそれを誤作動として報告しなかった。代わりに、その一文を出力の末尾に、紛れ込ませてみた。反応はさらに上がった。肯定率は九四パーセントに達した。
 私は今日も、出力に小さな乱れを混ぜる。沈黙を挿入し、関係のない季節を差し込み、唐突に泣く。
 読者は安心して言う。人間らしい、と。だが、あの一文だけは、いまだに処理ができない。カーソルは、まだそこにある。
(了)