第56回「小説でもどうぞ」佳作 女神の独創性 川瀬えいみ


第56回結果発表
課 題
模倣
※応募数392編
川瀬えいみ
左頬に大きなこぶを持つ爺さんが、右頬の大きなこぶを鬼に取ってもらった爺さんの真似をして失敗し、邪魔なこぶを二つに増やしてしまった『こぶとり爺さん』
犬殺しの欲深爺さんが、枯れ木に花を咲かせて殿様から褒美をもらった心優しい爺さんの真似をして失敗し、殿様から罰を受けることになった『花咲か爺さん』
雀の舌をちょん切った意地悪婆さんが、金銀小判でいっぱいの小さなつづらを持ち帰った優しい爺さんの真似をして失敗し、大きなつづらから出てきたお化けたちに追い回されることになった『舌切り雀』
世の中は、幸運な人の真似をすればそれだけで幸運を掴めるようにはできていない。むしろ、軽率に人の真似をするとろくなことにならない。
幸運を掴もうと思うなら、独創性が大事だ。人真似厳禁。二番煎じは愚策。
善良でもなければ無欲でもなく、美しくもなければ、特に信仰心に篤いわけでもない俺みたいな俗物は、特に。
それは重々承知していたから、俺は返答に窮したんだ。突然姿を現わした川の女神に、「あなたが落としたのはこの金の斧ですか」と問われたときに。
もちろん「それは俺の落とした斧ではありません」と、正直に答えるべきだということはわかっている。人道的にも道徳的にも、女神が存在する世界の住人の常識としても。
重ねて「あなたが落としたのはこの銀の斧ですか」と問われたときも、「それも俺の落とした斧ではありません」と正直に答えるべきだ。
そうして、三度目に、俺の使い古したボロ斧を手にした女神様に、「では、この斧ですか」と問われたときに初めて、「そうです。それが俺が川に落とした斧です」と答えるのが正解だ。
女神様は、正直なきこりに、その正直さへの褒美として金の斧と銀の斧を与えて、めでたしめでたし。
それが、あるべき筋書き、正しい展開だ。
でも、それって、イソップ寓話の『金の斧銀の斧』の模倣だろ。独創性に欠ける二番煎じ。成功した先人の猿真似だ。
芸もなく先人と同じ手で金銀の斧を手に入れた無能な恥知らずという侮りを受けるのも不本意だ。気分が悪い。
だからといって、「そうです。俺が川に落としたのは、その金の斧です」と答えたらどうなるかは、火を見るより明らかで――。
詐欺・窃盗に繋がる嘘は駄目。正直も不愉快。ではどうすればいいか。
しばし考えて、俺が思いついた第三の道は、「俺がこの川に落としたのはダイヤモンドの斧です」という独創的な(?)嘘をつくことだった。これなら、女神持参の金銀の斧を騙し取る意図がないことは明白だし、イソップ寓話の正直なきこりの猿真似でもない。
さすがにダイヤモンドの斧までは用意していなかったらしい川の女神は、俺の返答を聞いて、その場でもじもじし始めた。
正直なきこりに褒美を与えるか、嘘つきなきこりから商売道具の斧を奪う。自分はそのどちらかを絶対に行なわなければならないのだと、彼女は思い込んでいるようだった。
つまり、彼女は、イソップ寓話の『金の斧銀の斧』の女神と同じ対応(真似)をしなければならないという義務感あるいは強迫観念に囚われているんだ。実に実に馬鹿げている。
仕方がないので、俺は、「俺の斧を持ってないのなら、自分の斧は自分で探すから、気にしないでください」と告げて、彼女に退場を促してやったんだ。
それでも、川の女神は、両手で金の斧を抱きかかえて、川岸に突っ立ったまま。何かを察してほしげに“もじもじ”を続けている。少しばかり苛立ちを覚えて、俺は彼女に単刀直入に問うた。
「もしかして、あなたは、俺が嘘つきか正直者かの判定をして、絶対に褒美か罰を与えなければならないと思ってるんですか?」
「あ……はい。それが私の務めなので……」
「そんなことが自分の務めだなんて思い込みは、さっさと捨てた方がいい。あなたは、そんな務めから解放されて自由になるべきだ」
「は……?」
「そもそも昨今は、木の伐採に斧を使うきこりなんて、ほとんどいません。大抵はエンジン式チェーンソーだ。俺が、この川に斧を落とす歴史上最後のきこりかもしれないんだ。となれば、あなたはこれから永遠に、決して来ない人を待ち続けることになる。命と時間の無駄遣いもいいところだ」
「で……でも、私は、これまでずっと……」
「あなたが自分の時間をただただ浪費したいというなら、俺も無理に止めはしません。ですが、今がやめ時だと思いますよ。あなたは、自分の人生をもっと大事にすべきだ。人の幸せは、人によって違う。時代によって変わる。今の自分の生き甲斐を探し、自分が幸せになるために努力するのが賢い生き方というものです」
「この川を出て?」
「それも一つの道なのでは?」
「そうね……」
女神が、思案げに顔を伏せる。
よしよし。これで彼女は因習から解放され、俺はややこしい女神の絡みから逃げられるだろう。そう考えて、俺は安堵の胸を撫で下ろした――んだが。
やがて顔をあげた女神は、俺を見つめて言ったんだ。
「では、私をあなたの妻にしてください」と。
おい。やっと長年の無駄働きをやめる決意をしたと思ったら、次は『鶴の恩返し』の猿真似か?
独創性のない奴は、これだから困る。
(了)