第56回「小説でもどうぞ」佳作 最適解のささやき フレックス


第56回結果発表
課 題
模倣
※応募数392編
フレックス
「お断りされた人数、これで何人目だっけ? ひと月に二人ずつだからざっと三十人ってところかしら? こんなに続くってことは何か原因があるはずよね? 心当たりはある? そういえば先週のデートはどうだった?」
岡崎さんはパステルピンクのジャケットについた毛玉を指で取り除きながら矢継ぎ早に質問を重ねた。胸元には婚活アドバイザーの中でも年季の入ったベテランのみ身に着けることを許されるバッジが光り、これまでに数えきれないほどの男女を成婚に導いてきた実績を静かに誇っている。
適当な言い訳では誤魔化せない気がして、しぶしぶ記憶を辿る。
相手の女性はプロフィールに日本酒が好きと記載していたので、日本各地の地酒を取り揃えた居酒屋を予約し、二時間ほど酒を酌み交わした。そこそこ盛り上がり、お互いに酔いが回ったころ、彼女が語り出したのは自身の婚活遍歴だった。いわく、今まで真剣交際に発展した男性たちがことごとくマザコン気質や浪費癖など何らかの問題を抱えていたそうで、そうした経験からみずからの男運のなさをいかに思い知ったか、彼女は愚痴混じりに笑い飛ばした。
おれはその話に興味深げに質問を重ねたり大げさに吹き出したりしたあと、何気ないあいづちの一つとして「そんなにやばい相手ばかり引き寄せるってことは、自分にも非があるのかなって思いません?」と訊ねた。
その途端、上機嫌にぽかぽかと火照っていた顔色から血の気が引いた。彼女はぎょっとした表情でこちらを見つめ、それきり店内の喧騒も遠ざかるほどの気まずい沈黙を味わうことになったのだ。
正直に懺悔すると、岡崎さんはため息を吐きながら深く頷いた。
「わたしは好きよ、あなたみたいなタイプ。男性は細かいことなんて気にせず、おおらかじゃなきゃ。でもね、女性とうまくやっていくには、やっぱり最低限のデリカシーは必要なの。ま、わかってるよね?」
岡崎さんが上目遣いでこちらを見上げる。くるんとカールした束感のあるまつげといい、明るめのブラウンに染めたロングヘアーといい、若作りの努力を随所に見受けるが、手の甲や首筋にはそれなりに皺があり、きっと実年齢はおれの母親とあまり変わらないのだろう。そんな相手から優しい口調で諭されていると思うと、余計に申し訳ない気持ちになる。
なかなかいい相手と巡りあえず、婚活が長引いているのはおれも同じだ。そして、おれはその原因が自分にもあると思っている。だからこそ共通の悩みを打ち明けあって仲を深めたかっただけで、けっして婚活市場で売れ残っていることを糾弾する意図はなかった。しかしそんな言い訳を聞き入れてもらえるほど甘くはない。年をとればとるほど成婚の難易度が上がる以上、一度ナシと判断した相手にはさっさと見切りをつけて次の出会いに備えるのが、婚活の常識だ。
ところが同じ轍を踏むまいと意識すると今度は不用意な発言を控えるあまりどこか奥歯にものが挟まったような口ぶりになってしまい、「人柄が見えない」「もっと本音で話してほしかった」という理由でお断りの連絡をいただくことになる。
要するに気の利いたトークをするのに必要なバランス感覚が、おれには決定的に欠けているのだ。
「もう、そんなに浮かない顔しないで。ご縁が逃げていっちゃう。……それにいい話もあるのよ。最近うちの相談所が新しいサービスを始めたんだけど、あなたにぴったりだからぜひご紹介したいと思ってね。じゃじゃーん!」
そういって岡崎さんがおれに差し出したのは片耳用のワイヤレスイヤホンだった。小指の先くらいのサイズしかなく色もベージュなので、耳の奥に押し込めば何も着けていないように見えるだろう。
「イヤホンの貸し出しサービスですか?」
おれが繰り出したジョークに岡崎さんは失笑さえせず、真顔で「AIの会話サポートよ」と告げた。
「まずイヤホンに内蔵されたマイクが会話の音声を拾うでしょ。そしたらそれを解析したAIが最適な受け答えをイヤホン越しにささやいてくれるから、あなたはそれをそのまま復唱すればいいってわけ。似たようなサービスが今すごく流行ってるらしいわ」
ここに来るまでの移動中にスマホで読んだネットニュースでも報じられていた。ある学生が就活用にチューニングしたAIを採用側に黙ってイヤホン経由で利用しながら面接に臨んでいたことが発覚したらしい。当該者はもちろんその場で不合格とされたが、あくまで氷山の一角にすぎないという見方が支配的で、企業は戦々恐々としているそうだ。
もっとも一方では、学生のうちから社会に何を求められるか考えろというのも酷な話だと思う。当たり障りのない模範解答にすがろうとした就活生の気持ちは理解できるが――。
「AIが生成する言葉って、ネット上に書き残されたテキストデータのパッチワークじゃないですか。つまりどこかの誰かを模倣してるだけですよね。そのいいなりになるなんて、さしずめ模倣の模倣ですよ。そんなので評価されても個人的には嬉しくないなあ」
岡崎さんが舌を鳴らしながら指を振る。
「今までの活動を思い出してみなさいよ。せっかくの人柄が伝わる前に会話で地雷踏んでサヨウナラなんてもったいないじゃない」
返す言葉がなく不本意ながら装着してみると、やけに自然な着け心地で不自然に感じるほどだった。岡崎さんは早速ものは試しとばかりに「わたし、いくつに見える?」という難問をぶつけてきた。
答えに詰まる間も与えないほどの早さで無機質な合成音声が耳元でささやく。
「えー、難しい! 逆に、本当は何歳なんですか?」
発話と表情筋は連動しているのか、その台詞が喉から滑り出たとき、おのずと作り笑顔を浮かべていた。それはきっとかなりぎこちないものだったはずだが、岡崎さんはにっこりと微笑み返し、ピンクのジェルネイルで飾られた人差し指と親指をくっつけてOKのマークを作った。
おれは直感的に、今このときが、何か大切なものが奪われていく最初の瞬間だと感じた。
ただ正直なところ馴染み深いものが失われることへの名残惜しさより、いらないものを捨てられたことへの清々しさが上回っていた。
(了)