第56回「小説でもどうぞ」佳作 じぃちゃんからの電話 西方まぁき


第56回結果発表
課 題
模倣
※応募数392編
西方まぁき
「もしもし……」
今日、何回、電話をかけただろうか。
090や080から始まる適当な番号を押しているので、ばぁさんにかかるときもあれば、子どもにかかる場合もある。
そういうときは「あ、間違えました」と言って切るだけだ。
「もしもし……」
そんなに若くなさそうな男の声だった。
「もしもし……おじぃちゃんだけど」
「じぃちゃん……? どーしたんだよ、いきなり!」
ビンゴだ!
「ってゆうか、なんで非通知なんだよ?」
「うん……ちょっと、いろいろあって……用心深くなってるんだよ」
「いろいろって?」
「実は……オレオレ詐欺にあってしまって……」
これは、嘘ではない。
数カ月前、息子を語った電話がかかってきた。
会社のお金を電車に置き忘れて、大変なことになっているという。
息子は、普段、滅多に会いに来ることはなく、電話もよこさなかった。
話し方や声に違和感を覚えないわけではなかったが、風邪をひいていると言ったので、そのせいだと納得した。
私の息子は、子どもの時から、よく忘れ物をした。
「いくらなんだ」
「百万……」
微妙な金額だった。三百とか四百とか、一千万とかいうのだったら「ない」と言えたが、生活をギリギリまで切り詰めて、コツコツ貯めた老後資金が百万ちょいあった。
「ごめん……ほんとに、ごめん……今日中に百万ないと、オレ、会社、クビになっちゃう……」
涙声で訴えてきた。
そうだよな。こんなときに頼れるのは、やっぱり家族だよな。
親としての使命感みたいなものが呼び覚まされた瞬間だった。
息子が犯してしまった失敗を、なんとかしなければ。
私は言われるがままに、指定された場所に行き、「息子の会社の同僚」だという若い男に銀行からおろしたばかりの百万円を手渡した。
帰宅して、ほぼ残高がなくなった通帳を眺めていたら、だんだん不安になってきた。
こちらから息子に電話してみた。
息子が私からの電話に出ることは滅多にない。
仕事で忙しいのだから、仕方がない。
でも、今回は助けてやったのだから、向こうから結果の報告とか御礼の電話ぐらいしてきてもいいのではないか。
しかし、待っても待っても電話はかかってこなかった。
夜遅くになってから、もう一度電話してみた。
珍しく息子は電話に出た。
「なに」
面倒臭そうな声だった。
今日のことを話したら「それ、オレじゃねぇよ!」と怒鳴られた。
私は、騙されたのだ。
急いで警察に連絡した。
金は戻ってこなかった。
それ以来、私は電話をかけ続けている。
自分が騙された詐欺の電話を模倣して、騙す側になったというわけだ。
電話に出た男は、完全に私のことを自分の「じぃちゃん」だと思っている。
「貯金を、すっかり取られてしまって……」
「えーーーーー!!!」
「しょうがないから、知り合いの人に金を借りたんだけど……少しでいいから至急返してくれって言われてて……」
「あー……」
迷惑そうな声だ。
「ちょっとでいいんだ、一万とか……」
「一万でいいの?」
大金を要求されると身構えていたのか、拍子抜けした様子だった。
「あぁ」
「金を借りた知り合いの人」として、私の住所と名前を伝える。
「差出人は、じぃちゃんの名前にしておいてくれ」と頼んでおく。
このような電話をすると、百人中一人か二人が金を送ってくる。
送ってきた人間は「金に困っているじぃちゃん」と二度と関わり合いたくないようで、仮にあとで「なんかおかしい」と思っても、警察に通報することはしないようだ。
男は不機嫌そうに「わかったよ」と言って電話を切った。
次に電話に出たのは、かすれた声の、若そうな女だった。
「もしもし……」
他人でもわかるような疲れた様子が伝わってきた。
「間違えました……」
咄嗟に電話を切ろうとした。
「待って!」
「え……」
「もしかして……おじぃちゃん?」
こういう展開は初めてだった。
「あ……」
答えに窮していると、相手は畳みかけるように話し出した。
「やっぱり、おじぃちゃんなのね! いやぁ……久しぶりだねぇ! お母さんに私の番号を聞いて、かけてきてくれたのよね!」
「あ……あぁ……」
女は一方的にまくしたてた。
「実はね、私、今……薬を飲もうとしていたの……」
おじぃちゃんは子どものときから、私がピンチのときに助けてくれたよね。ほら、お父さんとお母さんが離婚したときだって、私が学校でいじめられたときだって。
いつも私のそばにいてくれた。「これ、食べな」って、お菓子を買ってくれた。
「おじぃちゃんには、わかるんだね! 私がピンチだって」
「う……うん……」
なにがあったかは知らないが、とりあえず、こう言っておくのが正解かもしれない。
「大丈夫だよ」
女は泣き崩れた。
「ヤケおこしちゃいけないよ……」
「うん……ありがとう……」
「それじゃぁ……」
私は電話を切った。
夕暮れ時に郵便受けを見ると、チラシに交じって、封筒が入っていた。
殴り書きのような字で私の住所と名前が書かれている。
裏を見ると「知らないじぃさんの名前」が書いてあった。
ハサミで丁寧に開封すると、一万円札が一枚入っていた。
電話をした、どの人間から送られてきたのか、私にはわからない。
(了)