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第56回「小説でもどうぞ」佳作 彼女の嘘 岡本武士

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小説
小説でもどうぞ
第56回結果発表
課 題

模倣

※応募数392編
彼女の嘘 
岡本武士

「今日、街中でね、君にそっくりな人を見たんだ」
 そう言ってから、彼女の変化を観察する。
 食卓の小さなテーブル越しに、彼女が驚きと奇妙な笑みを浮かべている。
「私に? どのくらいそっくりだったの?」
 ゆっくりと、驚きが深い笑みに変っていった。
 もし『どこで?』と聞き返してきたら、すぐにあやしいなと思ってしまうけれども、さすがに慌てた風はない。
「すれ違ったら、思わず声をかけてしまうくらい」
「めちゃめちゃそっくりじゃない! で、声をかけたの?」
 彼女が笑顔を深めて僕に顔を近づけた。
「いや……、君はそこにいないはずだから、え? と思ったけど声はかけなかった」
 彼女がとても素敵な笑顔を見せた。
「そっ、それで正解だったじゃない」
「うん、良かった。気になって追いかけたけど、君らしい人はいなかったからね」
「私にそっくりな人かぁ……。見てみたいなぁ。どこで見かけたの?」
 ついにその問いかけが来た。
「駅前のあそこ、中央改札出たあたり」
「ああ、あの、お土産屋さんがブースで並んでいるあたりね」
「どこで見かけたのか、気になる?」
「今度行ったときに、周りを見てしまいそうじゃない」
「僕もいつも君を探してしまいそうだよ」
 彼女がふと、笑いをやめて、真顔になった。
「そんなに私がどこにいるのか、気になるの?」
「今日、そっくりさんを見たからね。普段は別に気にしていないよ。だって、何かの都合で駅前に行っていたかもしれないじゃない」
 彼女が再び笑いをその表情に浮かべた。
「わかるわ。私もあなたのそっくりさんを見かけたら、同じように聞いてしまうかもしれないもの」
「見たことある? 僕のそっくりさん」
「あなたが気にするほどそっくりな人は見かけたことはないわ」
「この世の中には自分に似た人が三人いるって言うしね」
「都市伝説よね。そっくりな人を自分がみると不幸になる、なんて都市伝説を聞いたこともあるわ」
「ドッペルゲンガーだよね」
「そのそっくりさんは、私に擬態している何かだったりして」
「擬態?」
 彼女が急に真顔になった。
「ふふ……。聞きたい?」
 次は不敵な笑みを浮かべる。
 そうだ、彼女はこんなちょっとホラーっぽい話が好きだった。
「き……、聞きたい」
 ちなにも僕は、それほど得意ではない。
 緊張して、大きなため息をついて、小さく頷く。
「擬態と言うか、模倣よね。真似るのよ、他の人になり代わって、元の人のようにふるまいその生活に馴染んでいくの。誰も気づかない。記憶や雰囲気なんかも模倣してなり代わるの」
 彼女のゆっくりした話し方と、急にトーンを落とした声色が、僕を緊張させる。
「模倣して、なり代わって、その人の生活に入り込んで……、どうするの?」
「さあ?」
「え?」
「そこまで考えて話していないの。でも、映画とかでは、侵略かな?」
 彼女がまた表情を変えて、無邪気に笑いだした。
 あ、彼女のペースだ。
 僕は彼女が僕に黙って、嘘をついて、予定とは違う行動をしていたと疑っていた。
 認めたくはないけれど、浮気も疑っていた。
 けれども、彼女は巧みだ。もう会話の流れは不思議な都市伝説にすり替わっている。
「侵略って……」
「観たことない? そんな映画」
 もう話を合わせるしかないかもだけど、この流れは意図的で好きではない。
「ちゃんと観たことはない、かな? 僕が映画をあまり観ないのは知っているだろう?」
「そうね。でもまったく全然観ないわけでもないでしょ?」
 僕は、なるべく雰囲気が伝わるように、とても真剣なまなざしを彼女に向けた。
「君は今日、どこにいたんだい?」
 彼女をよく見る。
 数回瞬きをして、僕がよく知っている、とても素敵な笑みを浮かべた。
「やっぱり疑っていたのね。最初から聞いたらいいのに。言っていたとおり、文房具の博覧会に行って、その後にお茶して帰ってきたわ。写真見る?」
 僕はゆっくりと首を横に振る。
「いいよ。写真も時間が分かるように工夫して撮ってきているんだろう? 完璧だよ。完璧に、彼女を模倣しているね」
「えっ? 模倣? 浮気を疑っているんじゃあ……」
 彼女の目の色が変わった。
 意味は分からないけれども、恐らく攻撃の決意だと思う。
 でも、身構えていた僕の方が早い。
 銃声が一つ、リビングに響き渡った。
 彼女の手にしたナイフが僕の心臓に届く前に、僕は銃で彼女の眉間を撃ち抜いていた。
「本当完璧だよ。君は彼女になり切っていた。侵略は成功だよ」
「なぜ……」
 そう言って、元彼女は動かなくなった。
 なぜ見破れたのか知ったところで意味はないが、つい口をついてしまう。
「そこまで完璧なのに、君は僕が偽物だって、気づけなかったじゃない」
 泡と消える元彼女をみて、僕は危機感を募らせていた。
「こんな消え方をする侵略者は見たことがない。異世界か異星人か知らないけど、地球侵略はこいつらとも戦わないといけないのか……」
 ああ、大変だ。
 僕は元の僕が癖だった、大きなため息を長く一つ、ついていた。
(了)