第56回「小説でもどうぞ」佳作 アタシの履歴書 ゆねぞう


第56回結果発表
課 題
模倣
※応募数392編
ゆねぞう
アタシが『僕』だった頃、女の子になるのが夢だった。どうして、そんな夢を持ったのかはわからない。でも、なぜだかあの放課後を思い出す。
同性が好きだと気づいたのは、小学生の頃だった。近所の二つ上の男の子と仲良くなった。しょっちゅう家に来て遊んだり、お互いの家に泊まったりしていた。
ある放課後、家で彼がうつ伏せで寝そべり、ゲームをしている背中にすり寄った。彼はこちらを向いた。
「可愛い、可愛い。お前は可愛いねぇ」
甘い声を出して、抱きしめながら頭を撫でてくれた。彼の家で飼われている猫の気持ちになって、思わず首を舐めてしまった。
「うえっ。キモッ」
彼は手を引っ込めて、ゴシゴシとそこら辺の布でこすった。それきり、会うことも、話すこともなくなった。
アタシの中に「可愛い」と言われる快感と、それは女が男に言われるセリフだという思いが残った。
中学生の頃、母の趣味で大衆演劇を観に連れていかれた。役者がよく見える花道のそばに座る。幕が上がり、三味線が鳴る。着物姿の女たちが、入れ替わり立ち替わり舞い踊る。蜜があふれる百合の花を匂わせる女が、舞いながら近づいてきた。母が「女形って言ってね、男性なのよ」と耳元でささやく。百合の花は、ひとつ前の席でしゃがみ込んだ。客が立ち上がり襟元に封筒を差し込む。視線だけをこちらに向けられて、ぞくっとした。たおやかな動きは、女そのものだ。
その日は特別公演だった。第二幕では、女になっていく過程を公開するという。舞台には、筋肉質な体にさらしを巻いた、ステテコ姿の男が座っている。客席にあいさつをし、横にある鏡の方を向く。顔が白く塗られ、やわらかな目鼻立ち、艶やかで控えめな唇が描かれる。顔が仕上がると、劇場は歓声に包まれた。役者が立ち上がり、両手を広げる。数人がかりで着物を羽織らせ、帯を巻く。男のたくましい体が隠れた。しなをつくり、流し目を送る。その瞬間、劇場の空気が変わった。これだ。アタシは息をのんだ。この空気を、自分のものにしたい。
高校生になり、髪を伸ばし始めた。体中に黒々と伸びる毛がおぞましい。アタシはネットで調べた方法で、全部の毛を剃った。
アルバイトを始めて、マニキュアを買った。爪に色を塗ると、にやける。ふと見た鏡の中には、男にしか見えないアタシがいた。これじゃダメだ。女優の表情をマネして、笑い方を覚えた。仕草や、しゃべり方、声のトーンを何度もなぞる。
アノときの声も大事だ。アタシは正座して、カリスマAV女優のお姿を拝む。男優の動きに合わせて、リズミカルに発声する。女優は桜色の声をしている。
進学先は、ファッション系の専門学校を選んだ。九割以上が女性だ。生の『女の子』を存分に観察できる。おまけに、メイクも習えるのだ。
女の顔をうまく作れるようになった頃、夜の店で働き始めた。おまたの真ん中にある邪魔なモノは、奥に隠してテープをベッタリ貼り付ける。脚をそろえ、膝頭を客側に倒す。これで客と距離がとれる。いきなり尻を撫でる客がたまにいるのだ。
水割りをつくる間、初めて来た客がアタシの顔をじっと見つめてきた。え、何。髭、生えてきたかしら。心に冷や汗をかいた。
「きみ、キレイなんだけど、何か違うんだよね」
違うって、なによ。失礼しちゃう。でも、アタシも薄々は感じていた。店でアタシだけが、アフターに誘われたことがない。
BARで、男を釣る実験をする。入り口にほどよく近い席に座り、入ってくる男たちを品定めした。一人目、顔がダメね。二人目、体型がイマイチだ。三人目……。いいかもしれない。アタシは狙いを定めた。
「私は女優」自分に言い聞かせて、ゆっくり足を組む。微笑みは口角ではなく、頬を上げる。流し目は、女形から盗んだ。肩を下げて首を長く見せる。顔を半分向け、目だけで彼を追う。彼の視線が私を捉えた。たっぷり一秒半目を合わせたら、視線を戻す。完璧だ。
ほら、彼が近づいてきた。
「こちら、よろしいですか」
もちろんよ! 声を上げそうになったが、視線で「どうぞ」と促す。彼もスマイルで応えた。唇のすき間から、白い歯がきらりと光る。背はそんなに高くないけれど、ほどよくたくましい胸がいい。グラスを揺らす指も、紳士らしい態度もパーフェクトだ。
軽い世間話を交わす。適度なタイミングで「お化粧直してくるわ」と席を立つ。口紅を塗り直し、彼の元に戻る。そっと彼の腿に触れた。耳元で「ねぇ」とささやく。
彼は既に会計を済ませていた。やるじゃない。そのままエスコートされ、自然とホテルの部屋へ入った。
扉の閉まる大きな音で、アタシは我に返った。
「やっぱり……あの」
立ち去ろうと一歩下がるアタシを、彼の腕が抱きとめた。
「怖がらないで、大丈夫」
彼の息が耳にかかり、体が熱くなる。興奮したせいか、前張りがはがれ、股間が盛り上がった。急いで彼から離れ、両手で隠す。
「ごめんなさい。アタシ、男なの」
彼は、ちょっと待って、と言いシャツのボタンを外した。
「あのさ、オレ、女なんだ」
シャツの下には、さらしが巻かれていた。
目が合うと、二人とも笑い出してしまった。その夜は、お互いの研究成果を語り明かした。
(了)