第56回「小説でもどうぞ」選外佳作 九官鳥が叫ぶとき 深峯そろ


第56回結果発表
課 題
模倣
※応募数392編
選外佳作
九官鳥が叫ぶとき 深峯そろ
九官鳥が叫ぶとき 深峯そろ
ダンボール製の小箱を大事に抱えながら、俺は自宅のドアを開けて部屋に入った。奥の棚には、あらかじめ購入しておいたケージが置いてある。その前に、小箱をそっと置いた。
高まる鼓動を感じながら、箱のふたをゆっくりと開ける。その瞬間、中にいた鳥と目が合った。
つやのある黒い羽、鮮やかな黄色いくちばし──九官鳥だ。
ケージに誘導すると、九官鳥は意外にもすんなりと中に収まってくれた。止まり木につかまり、キョロキョロと周囲を見渡す姿に、思わず頬がゆるむ。
幼い頃、人の声を完璧に模倣する九官鳥をテレビで見て以来、いつか自分も飼ってみたいと思い続けてきた。大学に入ってからは、今日という日を思い描きながら、アルバイトに明け暮れてきたのだ。
俺はまじまじと九官鳥を見つめ、ずっと前から決めていた名前を呼んでみた。
「キュー」
キューは首を傾げてこちらを見た。鳥に表情はないはずだが、一発で自分の名前を理解したように俺には思えた。
それからというもの、大学での時間を終えると、キューに言葉を教える日々が続いた。
キューの学習能力は目を見張るものがあった。教えた言葉をどんどんしゃべるので、正直なところ少しうるさいくらいだ。とはいえ、気ままな学生の一人暮らし。これくらいしゃべってくれた方が、むしろ気も紛れる。
ある夜、テニスサークルで汗を流し、遅い時間に家へ戻った。部屋の電気をつけながら声をかける。
「キュー、ただいま」
「タダイマー」
すぐに返事が返ってきた。帰宅したことが嬉しいのか、「ケンジー、ケンジー」と俺の名前を連呼する。
そんなキューの前に座り込み、俺は買ってきた缶ビールに口をつけた。そのときだ。
「ウメー」
とキューが叫んだ。
俺は思わず、ケージ越しにまじまじとキューを見た。確かにビールは旨かった。成人してからは、たまにこうして宅飲みをする。だが、キューに「ウメー」などと教えた記憶はなかった。
無意識に口にした言葉まで拾ったのだろうか。そのときはそれくらいにしか思っていなかった。
しかし、その後も不思議なことが続いた。遅刻しそうになっていると「ヤベー」と鳴き、テスト前には「ダリィ」と声を上げる。極めつけは、トイレから出てきたときだ。「スッキリシター」と叫んだのだ。
呆然と立ち尽くす俺をよそに、キューは無表情のままキョロキョロと首を動かすだけだ。どう考えても、鳴くタイミングが絶妙すぎる。俺は一つの結論に至った。
──キューは、俺の「心の声」を真似ている。
にわかに信じがたいことだが、そうとしか考えられなかった。
それを確かめるために、俺はいくつか試してみた。わざと心の中で強く思ってみると、その直後にキューが同じ言葉を口にする。何でもかんでも真似るわけではないことも分かってきた。どうやら、強い感情がこもった「心の声」に反応するらしい。
下手なことは考えられないな──。
そう感じるほど、俺の内面をキューに見透かされている気がした。
キューと暮らし始めて数ヶ月が経った頃、サークルのメンバーでテーマパークに行くことになった。いくつかのグループに分かれ、車で現地へ向かう段取りだ。
俺は準備をしながら、拓也の車を待っていた。
拓也は同じサークルの同級生だ。なかなかのイケメンで、女子からも人気がある。そして、俺にとっては一番の親友──少なくとも、俺はそう思っている。
スマホが鳴る。拓也からだ。予定より少し早いが、近くの駐車場に着いたという。すぐに向かうと伝えると、
「せっかくだから、キューちゃんに会わせてくれよ」
と言ってきた。そのためにわざわざ早めに来たらしい。俺は慌てて部屋を見回す。幸い、それほど散らかってはいなかった。
拓也にだけは、この不思議な九官鳥のことを話していた。
「マジかよ、それ。テレパシーじゃん」
と茶化しながらも、どこか本気で信じてくれているようだった。
インターホンが鳴る。何度か仲間と一緒に遊びに来ていたが、二人きりになるのは初めてだ。少し緊張しながらドアを開けると、そこにはいつもの爽やかな笑顔があった。
「よう、健二」と軽く手を上げて靴を脱ぐ。すれ違いざま、彼の匂いが鼻先をかすめた。
拓也はそのまま奥へ進むと、ケージを覗き込んだ。
「へえ、この子がキューちゃんか。可愛いじゃないか」
その背中が、いつも以上に逞しく見える。
「どう見ても、普通の九官鳥にしか見えないけどなあ」
その一言に、ハッと我に返った。深く考えずに拓也を部屋に入れたが、これはまずい。キューが余計なことをしゃべるのではないだろうか。
一刻も早く、ここを離れなければ。
そろそろ行こうぜ、と切り出そうとした矢先だった。
「スキダー!」
キューの絶叫が室内に響き渡った。俺の心臓が跳ね上がる。
「スキダー、スキダー!」
「な、何を言ってるんだキュー。おとなしくしろ!」
俺は慌ててケージに駆け寄る。何か言い訳を──必死に言葉を探しながら振り向くと、そこには意外な光景があった。
拓也が、耳まで真っ赤にして顔を伏せていたのだ。
「……え?」
拓也が、照れくさそうにぼそっと呟く。
「キューが心の声を真似るって聞いてたけど、飼い主以外も真似るなんて……聞いてないぞ」
一瞬、頭が真っ白になった。
みるみるうちに自分の顔が熱くなるのが分かる。どう言えばいいか分からないまま、時間が止まる。その静寂を切り裂くように、キューが叫んだ。
「スキダー、タクヤー!」
(了)