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第56回「小説でもどうぞ」選外佳作 あの絵を模写する 瀬島純樹

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小説
小説でもどうぞ
第56回結果発表
課 題

模倣

※応募数392編
選外佳作 

あの絵を模写する 
瀬島純樹

 久し振りに実家に帰って、部屋は片付いているか、期待しながらのぞいてみた。がっかりして力が抜けた。前に帰った時、あんなに事情を話して頼んでおいたのに、それに、父さんも母さんも二人して、なんとかしよう、と言っていたのに、部屋は絵に占領されたまま何も変わっていない。わるいことにさらに絵が増えている。これは、勝手に出て行って、こんどは、家賃が値上がりするからと、いきなり帰って来ると言う息子への戒めだろうか。
 父さんの趣味のことは、わかっているつもりだが、しかし何故、同じ絵ばかり真似をして描いているかわからない。年金生活で何かと言えばもったいないと口癖なのに、同じ絵ばかり模倣している方がよっぽどもったいない。木枠にキャンバス地を自分で張っているようだが、それでもキャンバスがもったいない。まねをするのでも、もっといろんな絵を模倣すればいいのに。しょうこりもなくあの絵ばかり。もちろん、あの絵が有名な画家の、有名な絵であることぐらいは知っている。この部屋の壁という壁に、すき間なく掛けてある絵が、大小はあっても、すべてが判で押したようにあの娘の絵とは、どうかしている。腕をみがくのに、好きな絵を模写することはわかる。そうやって技術を習得するくらいのことは理解できる。あの娘の絵が意外にもうまく描けて、心がときめいたとすれば、その絵を手元に置いて、記念として後生大事にすればいい。そうはいっても、多くて二三枚あればよさそうなものだ。
 父さんが言うには、器用じゃないから、ひとつ仕上げると、もっとうまく描けたのにと悔いが残るらしい。あの青いターバンをこんな風に工夫すれば、さらに本物に近づけるような気がすると思うと、また新しいキャンバスに描きだしている。気が付けばこんなに沢山になったが、複製画のコピーとにらめっこをしながら模写してきて、一枚一枚に思い入れがあるから、みんな違うと言う。
 いやいや、どれもいっしょだ。部屋のどの絵も、廊下の絵も、階段の絵も、玄関の絵も、全部一緒だよ。ぼくには区別がつかない。しかも油彩の絵具の臭いは濃厚でしつこい。母さんはぜんぜん気にならないらしいが、この独特な臭いときたらたまらない。
 もとの自分の部屋に戻ってくるためには、これ以上待ってはいられない。こうなったら、絵の展示コーナーと化している部屋から絵を強制撤去するよりほかにない。今日は二人とも出かけている。このチャンスを逃す手はない。まずは、倉庫から段ボール箱を持ち込んで、絵を取り外しにかかった。額縁によって違いはあるが、どれもけっこうな重さがあって、すぐに汗をかいた。しかし休んでなんかいられない。二人が帰って来るまでに、部屋の片付けを終わらせて、もとの自分の部屋に戻したい。
 ところが、箱はすぐに一杯になって部屋を埋め尽くした。この量ではとても狭い倉庫に収まらない。といってこのまま放置もできない。こうなったら、ぎゅうぎゅう詰めでも倉庫に押し込むしかない、父さんは、絵をどこに仕舞うつもりだったのか。ちゃんとした目算でもあったのか。いま思えばあやしい。そんなことを考えてイライラしながら、重い段ボール箱を抱えて外の倉庫に運び込んでいった。最後の箱を倉庫のどこに押し込めようかと迷っていると、あるものに目がとまった。家庭用の焼却炉だ。油絵はやっぱりよく燃えるのだろうかと想像した。
 二人が帰って来たとき、父さんは、ぼくを見つけると駆け寄ってきて、笑みを浮かべて、
「帰るって、連絡でもしてくれたらいいのに、でもおかげで助かった、まさか、ヤナイさんが留守中に来るなんて思ってもいないから、おまえがいてくれて、ちょうどよかった」と喜んでくれた。古道具屋のヤナイさんは子供の頃から知っているが、大人のぼくを見て驚いたことを話すと、
「そうか、びっくりしたか、ヤナイさんも近頃じゃあ、アンティークなんて看板を出しているが、むかしの古道具屋のままだ。気が向かないと来てくれないから」とこぼした。
 この間、ぼくが家に帰ってくると言ったので、父さんは、この際だから絵を片付けようとヤナイさんに相談していたそうだ。
 ぼくはヤナイさんから受け取った封筒を渡した。父さんは中身を見て、額縁代にしては、多いようだがと言った。ぼくは始末に困った最後の箱を抱えているところに、ちょうどヤナイさんが来たこと、しばらく倉庫の箱の中を見ながら思案して、この金額を置いていったことを話した。
「で、絵はどうした?」
「人気の絵だからじゃまにならない、入れておけば額が映えるって、持って帰ったよ」
「そうか、絵も売れたか。ところで、おまえの、その抱えている絵は?」
「臭いも気にならなくなったし、ぼくも、模写、やってみようと思って、ひとつ取っておいた」
「どれどれ」と言って、父さんはその絵をのぞき込むと、
「いいのを選んだな、しかし、その子はやめておけ、てこずるぞ」
(了)