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第15回「小説でもどうぞ」選外佳作 だまし絵/瀬野准一

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第15回結果発表
課 題

表と裏

※応募数212編
選外佳作
「だまし絵」
瀬野准一
 隣に住む吉田さんは八十歳近くになるお母さんと二人暮らしで、近所でも仲良し親子として評判だった。
 数年前にお父さんは他界しており、お母さんも腰が悪く、移動には車椅子が必要だ。生活のサポートは全て独身の吉田さんがしているのだろう。介護は大変だと聞くが、あの二人を見ているとそんな苦労は感じさせないくらい幸せそうだった。いつもニコニコ笑いながら、吉田さんがお母さんの車椅子を押している姿を見かける。うちの母もよく、「うちもお隣さんみたいに出来た娘さんがいたら安心だったんだけどね」なんて私に嫌みを言ってくる。
 ある朝、私が仕事に行こうと駅まで歩いていると、公園のベンチでスケッチブックを抱える吉田さんに会った。
「あら、吉田さん。おはようございます」
「あ、おはようございます」
「何か描かれてるんですか? とてもお上手ですね」
 吉田さんのスケッチブックにはベンチから見える公園の景色が描かれており、素人目に見てもかなりの上級者に思えた。
「お恥ずかしい。普段は母の介護で自分の時間が取れないものですから、この時間にちょっとね」
「お母様は車椅子ですから大変ですよね。作品が完成しましたら、ぜひまた見せてくださいね」
「作品だなんてそんな大袈裟な。お仕事、行ってらっしゃい」
 行ってきますと笑顔で返し、私は駅へ歩き始める。少し経ってから振り返ると、ベンチに座っていた吉田さんは、心なしかうれしそうにスケッチブックを見つめていた。

 後日、吉田さんが突然私の家を訪ねてきた。
「この前、私の絵を褒めてくださったでしょ。よろしければうちに見にきてくださらない?」
 ちょうどその日は暇だったので、私は吉田さんの家にお邪魔することにした。
 彼女のお母さんは、介護ヘルパーが同行して外出中とのことで留守だった。
 部屋には壁に様々な絵が飾られていた。どれも風景を描写したもので、やはり実力は折り紙つきのようだ。
 しばらく吉田さんの説明を聞きながら絵を眺めていると、私はあることに気づいた。何枚かの絵は、いわゆる「だまし絵」のようになっていて、別の見方ができるのだ。
「これってもしかして、ここに人の影みたいなものが隠れてますか?」
「よく気付いたわね。やっぱりあなたに見てもらえてよかったわ。ちょっとした遊び心でこういうこともしてるのよ」
「そうなんですね。そう言われると、なんだか探したくなっちゃいますね」
 その後も絵を見ながら三十分程度お話を楽しんだ。
「あんまり引き留めてしまっても申し訳ないから、今日はこの辺にしようかしら」
 吉田さんに促され、私は玄関へ向かった。
「今日はありがとうございました。私も絵を描いてみたくなっちゃいました」
「こちらこそありがとう。急に呼んだりしてごめんなさいね。でも、おかげでとても楽しかったわ」
 その時、吉田さんの後ろにある、ドアが半開きになった部屋から、絵が一枚ちらっと見えた。
「あれ、あちらの部屋にも絵が飾ってあるんですね」
 すると、吉田さんは少し慌てた様子でそのドアを閉めた。
「こっちは母の部屋なの。少し前にプレゼントした絵があってね。部屋を勝手に見せると怒られるからごめんなさいね」
「いえいえ、勝手に見たりしてすみません。それじゃあ失礼しますね」
 笑顔で吉田さんと別れると、私は自分の家に戻っていく。
 リビングのソファに腰を下ろした時、私は心に何か引っ掛かるものがあることに気づいた。
 吉田さんがお母さんにプレゼントしたというあの絵は、森を描いているようだった。その中で他とは少し違う色をしたツルが、何か文字を表していたように思う。よく見てみないと分からないくらい微妙な違いだった。でも、だまし絵探しに夢中になっていた私は、何とか気づくことができた。
 記憶を遡りながら懸命にそのツルの形を思い出した。そして紙に書き起こしてみると、私は衝撃を受け、全身に鳥肌が立った。
「ハ……ヤク……シネ……」
(了)