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第15回「小説でもどうぞ」選外佳作 ひょーり/緒真坂

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第15回結果発表
課 題

表と裏

※応募数212編
選外佳作
「ひょーり」
緒真坂
 ひょーりという店名のラーメン店がある。以前は有楽町のガード下にあったが、現在は飯田橋に移転している。辛い。だが旨い。そんな味を看板メニューにしたラーメン店である。日本で四店舗、営業しているようだ。
 これはラーメン店の話ではない。いや。ラーメン店での話だった。
 私は湯気につつまれて、アツアツの鷹の爪濃厚味噌ラーメンを食べていた。熱い。旨い。辛い。心のなかで、ヒイヒイ言いながら。
 その男は私の前のテーブルで、小太りのからだを小刻みに揺らし、額に滲んだ汗をハンカチでぬぐいながら、ラーメンを食べていた。ラーメン店でラーメンを食べる。何の変哲もない。哲学的な命題もない。
 男は二杯目を食べ始めた。同じメニューのラーメンである。あり得ないことではないが、日常的にありふれた行為とは言い難い。どれほどこの店のラーメンが好きであっても。かき氷屋で同じ風景を見たことがある。メニューにはフルーツごとのかき氷があり、フルーツそのものがザクザクと放り込んである。どれも捨てがたい。別のフルーツメニューをおかわりをしたくなる。実際におかわりをしている客を目にしたことがある。でも、これはラーメンなのである。かき氷とラーメンは異なる。シンプルに物理的に。つまりボリューム的に。当然のことだ。
 三杯目を食べ始めた。やはり同じメニューの。私は好奇心が旺盛な男である。だが、矜持はある。黙って見守るくらいの。ぶしつけに質問をしないくらいの。私は都会人である。男は四杯目が終わり、五杯目に取り掛かった。すごい。思わず席を変え、男の前のテーブルに移って声をかけてしまった。
「あの、すごいですね」
「何が?」
 男は言った。
 私は返答に屈して、
「食欲が」
「ええ、すごいです」
 話が終わってしまった。
「お好きなのですか?」
 私は再び尋ねた。
「だから何が?」
「鷹の爪濃厚味噌ラーメン」
 鶏の唐揚げが四つ乗っている。それがこの店のウリである。
「ですね」
 また話が終わってしまった。
「ひょっとして、罰ゲームか何かですか?」
 私は急に思いついたことを口にした。
「何の話です? というか、お店に失礼ですよ」
 私は狼狽して、
「そういう意味ではないのです。私もこのお店のラーメン、大好きです。でもそれにしても」
「それにしても?」
「罰ゲームとしか思えないのです」
「だから、お店に失礼ですよ。おかわりしたから罰ゲームというのは」
「どういう事情なのですか」
「事情?」
「ええ、事情です」
「今日、私はここのラーメン七杯食べることにしたのです」
 さりげなく男はいったが、これは大変なことである。
「何か事情があるのなら、教えてください。相談に乗りますよ」
 私は身を乗り出して言った。
「だから何もありませんよ」
「いくら好きでも、鷹の爪濃厚味噌ラーメン、普通七杯も食べませんよ」
「偏見です。というか、そもそもこれはあなたには関係のない話だし、放っておいてください。だいたい七杯食べる人もいるのです、たとえば私」
 冗談めかして男は言ったが、
「いやあ、信じられないな。脅迫されているとしか」
 と私は言った。
「どういうつもりですか?」
「変な言い方ですが、悪質な愉快犯に家族を人質に取られて、おどされている、とか。ラーメンを七杯食べないと、家族を殺すとか」
「まさか」
「おかしいですよ」
「最後まで食べさせてください」
 男は店内をぐるりと見まわした。店内の客が無視するようなふりをしながら、固唾をのんで私たちのやりとりを見つめていた。
「余計なことはしないでください」
 男はいった。
「ほらやっぱり。脅迫ですか?」
「放っておいてください」
「ヒイヒイ言わせてやるとか、犯人に言われていないですか?」
 この店の名前はひょーりだった。今まで気にしたことはなかったが、どういう意味なのだろう? 表裏? そう考えると、意味深な店名のような気がしてくる。
 限界がきたように、男の箸が止まっている。
「まだ七杯食べていない。食べる約束だろう?」
 私は男の耳元でこっそりと囁いた。
 表裏か。表裏とは。何だろう。
(了)