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W選考委員版「小説でもどうぞ」第3回 選外佳作 リアル玉手箱/ゆうぞう

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
選外佳作
「リアル玉手箱」
ゆうぞう
「ねえ、浩人さん、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「ああ。結衣さんの頼みなら、何でも聞くよ」
「うれしい。あのね、浦島太郎の物語って知ってるよね」
「もちろん。それがどうかしたの?」
「乙姫は、何で『開けないように』と約束させて、玉手箱を太郎に渡したと思う?」
「……」
 二か月前、職場の先輩から結衣を紹介された北村浩人は、三歳年上の結衣に夢中になった。どうして、こんなに美しい女性が独り身なのだと、自分の幸運を喜んだ。すぐに、デートを重ね、結婚を意識するようになった。
 秋の土曜日の午後、鎌倉でデートした二人は、昼食の後、そぞろ歩きの途中見つけたカフェに入った。
「ねえ、浩人さん、どう思う? ふつう、何々してと約束させるのに、何で『開けないで』と約束させたのかな?」
「たぶん、太郎の誠実さを試したんじゃないかな」
「どういうこと?」
「だって、開けるな、と言われたら、余計に開けたくなるよね?」
「そうね。人間は何々してはいけない、と言われると、かえってそうしたくなるよね」
「だろう? だから、乙姫は、太郎が玉手箱を開けたくなるように、わざと『開けないで』と言って渡したんだよ、きっと」
 したり顔をした浩人に、結衣が質問を続けた。
「じゃあ、もし太郎が約束を守って玉手箱を開けなかったら、物語はどうなったと思う? 乙姫はどうしたかな?」
「うーん、そうだな……」
 浩人は腕組みして、窓の外に視線をやった。
「こうじゃないかな。太郎はふるさとに帰ったものの、三百年の歳月が流れていることを知って呆然としている。そこに乙姫から遣わされた亀が現れて、もう一度太郎を竜宮城に連れて行くんだよ」
「何で?」
「乙姫は太郎に恋してしまったんだ。ところが、太郎は陸の世界に未練があって帰りたいと言う。仕方がないから、乙姫は太郎を帰すんだが、太郎を取り戻す秘策があったんだ」
「何のこと?」
「つまり、竜宮の一日は陸の百年に相当するということは太郎は知らない。だから、陸に上がってその事実を知り、愕然とする。誰も知り合いがいない三百年後の世界で暮らしたいと、太郎は思わない。そのとき、改めて亀を陸にやれば、太郎は唯一自分を知る乙姫がいる竜宮に戻って来る。そう乙姫は考えたんじゃないかな」
 結衣は両目を見開いて、浩人を見つめた。
「なるほど。太郎が約束を守っていたら、乙姫は太郎と結婚したという訳ね。浩人さんって頭いい。ますます好きになっちゃった」
 いたずらっぽく頭を傾げる結衣に、浩人は照れ笑いをした。
 結衣は、浩人の目をじっと見つめて尋ねた。
「浩人さんは、乙姫って卑怯と思わない? 手の内を全然見せないで、太郎の心を試すなんて」
「恋と戦争は手段を選ばずって言うじゃない。恋愛では何でも許されるんだよ」
 結衣の表情がパッと明るくなった。
「それを聞いて安心した。ねえ、浩人さん、聞いてよ。私に近寄って来る人はみな、私のことを美人だと言ってくれるの」
 浩人はうなずきながらも、怪訝な顔をした。
「それ自身は嬉しいの。でも、いつもそればっかり言われると、まるで私はそれしか価値がないように思えてしまうの」
 浩人は目の前で右手を軽く振って、否定した。
「そんなバカなことはないよ。結衣さんのすべてが好きなんだ」
「そう言ってくれてありがとう。じゃあ、もし、もしもよ、私が整形していても、私を愛してくれる?」
 浩人の表情が固まった。
 結衣は、バッグから封筒を取り出して、浩人の目の前のテーブルに置いた。
「この中に、私の高校時代のスッピンの写真が入っているの。この写真を浩人さんにあげる。ただし、写真は見ないと約束して」
 浩人はとっさに返事ができず、黙ったままだった。
 結衣は、立ち上がって、「これでお別れね」と言って、封筒をバッグに戻して、出口へと向かった。
(了)