W選考委員版「小説でもどうぞ」第3回 選外佳作 魅力的な惑星/花千世子
選外佳作
「魅力的な惑星」
花千世子
「魅力的な惑星」
花千世子
大臣は、朝から何杯目か分からないコーヒーを飲んでから、何十回目か分からないため息をついた。
もしかしたら、ため息はもう何百回目かもしれない。
なぜなら、大臣は一睡もしていないからだ。
執務室の窓から空を見上げ(これも何百回目か分からない)、特大のため息をついた。
「どうしたら、いいんだ」
大臣は寂しくなってきた頭皮をガシガシと掻いた。
いつもであれば、髪の毛が抜ける心配をしてそんなことはしない。
しかし、今日の大臣は己の毛根なぞどうでも良かった。
だって宇宙人が地球に侵略をしに来るからだ。
たぶん、あと数時間で。
もう二十年も前のことになる。
宇宙人が地球にやってきた。
このことは、世界のトップやその秘書なんかのお偉いさんしか知らない極秘事項だ。
宇宙人がやってきたことを、ひた隠しにしたのには理由がある。
「ワレワレの惑星は、人口爆発で住みにくくなった。地球がほしい」
拙い地球の言葉で、黄緑色の体に触角をはやした宇宙人はそう言った。
移住ではなく、地球そのものをくれと要求してきたのだ。
金はいくらでも積む、と。
その代わりに、水も自然も豊富にあるこの美しい地球をくれ、と言ってきたのだ。
どれだけ金を積まれようが無理なものは無理である。
各国の美味しい食事を宇宙人に振る舞いつつ、何日もかけて話し合った結果。
二十年後にまた来る、その時は力づくでもこの地球をワレワレの物にする約束だ、と言って帰っていった。
つまり、問題は先延ばしにされただけなのだ。
宇宙人は、日本のおにぎりを非常に気に入ったので、二十年後の窓口は地球にする、と指名したらしい。
そして、約束の二十年が今日だ。
大臣は貧乏くじを引いてしまい、宇宙省の大臣として宇宙人と交渉をすることになった。
多分、平和的な解決は無理だと思う。
力づくというのが戦争になってもいいから、ということだとすれば、彼らの科学技術によっては地球は負けるかもしれない。
その前に話し合いでどうにかしてくれ、と各国のお偉いさんは言うが、大臣は到底無理だと考えている。
いきなり他の惑星にきて、ここをくれ、金を積むから、なんて言う宇宙人と話し合いができるわけがない。
そんなふうに頭を抱えていると、とうとう件の宇宙人がやってきた。
大臣はもしかしたら宇宙人が機嫌が良くなることを期待し、おにぎりをいくつか握っておいた。
彼は大臣になってから、宇宙人の接待用におにぎりだけはうまく作れるようになったのだ。
宇宙人はおにぎりを食べ、それから言った。
大臣はどうか地球を奪わないでくれ、と頼むための土下座のかまえ。
「ワレワレは、地球より良い惑星を見つけた」
宇宙人が突然、そう言った。
「え、そうなんですか?」
大臣は信じられない気持ちでいっぱいだ。
「地球、この二十年の間に気温は上がったし、治安は悪化したし、災害は多いし、魅力がまったくなくなった」
宇宙人はそう言ってからこう付け足す。
「こんな惑星、価値はない」
嬉しいような、悲しいような。
大臣がホッと胸をおろすと、宇宙人は聞いてきた。
「このおにぎりを作ったのは、ダレダ?」
「えっ? 私ですが……」
「君をおにぎり職人として雇う。ワレワレと新惑星について来い」
戸惑う大臣に、宇宙人はこう付け加える。
「金は惜しまない」
大臣は、その言葉に思う。
守るべき家族はいないし、友もいない。
それに地球よりも魅力的な惑星を見てみたくなった。
大臣は宇宙人と共に地球を後にした。
(了)
もしかしたら、ため息はもう何百回目かもしれない。
なぜなら、大臣は一睡もしていないからだ。
執務室の窓から空を見上げ(これも何百回目か分からない)、特大のため息をついた。
「どうしたら、いいんだ」
大臣は寂しくなってきた頭皮をガシガシと掻いた。
いつもであれば、髪の毛が抜ける心配をしてそんなことはしない。
しかし、今日の大臣は己の毛根なぞどうでも良かった。
だって宇宙人が地球に侵略をしに来るからだ。
たぶん、あと数時間で。
もう二十年も前のことになる。
宇宙人が地球にやってきた。
このことは、世界のトップやその秘書なんかのお偉いさんしか知らない極秘事項だ。
宇宙人がやってきたことを、ひた隠しにしたのには理由がある。
「ワレワレの惑星は、人口爆発で住みにくくなった。地球がほしい」
拙い地球の言葉で、黄緑色の体に触角をはやした宇宙人はそう言った。
移住ではなく、地球そのものをくれと要求してきたのだ。
金はいくらでも積む、と。
その代わりに、水も自然も豊富にあるこの美しい地球をくれ、と言ってきたのだ。
どれだけ金を積まれようが無理なものは無理である。
各国の美味しい食事を宇宙人に振る舞いつつ、何日もかけて話し合った結果。
二十年後にまた来る、その時は力づくでもこの地球をワレワレの物にする約束だ、と言って帰っていった。
つまり、問題は先延ばしにされただけなのだ。
宇宙人は、日本のおにぎりを非常に気に入ったので、二十年後の窓口は地球にする、と指名したらしい。
そして、約束の二十年が今日だ。
大臣は貧乏くじを引いてしまい、宇宙省の大臣として宇宙人と交渉をすることになった。
多分、平和的な解決は無理だと思う。
力づくというのが戦争になってもいいから、ということだとすれば、彼らの科学技術によっては地球は負けるかもしれない。
その前に話し合いでどうにかしてくれ、と各国のお偉いさんは言うが、大臣は到底無理だと考えている。
いきなり他の惑星にきて、ここをくれ、金を積むから、なんて言う宇宙人と話し合いができるわけがない。
そんなふうに頭を抱えていると、とうとう件の宇宙人がやってきた。
大臣はもしかしたら宇宙人が機嫌が良くなることを期待し、おにぎりをいくつか握っておいた。
彼は大臣になってから、宇宙人の接待用におにぎりだけはうまく作れるようになったのだ。
宇宙人はおにぎりを食べ、それから言った。
大臣はどうか地球を奪わないでくれ、と頼むための土下座のかまえ。
「ワレワレは、地球より良い惑星を見つけた」
宇宙人が突然、そう言った。
「え、そうなんですか?」
大臣は信じられない気持ちでいっぱいだ。
「地球、この二十年の間に気温は上がったし、治安は悪化したし、災害は多いし、魅力がまったくなくなった」
宇宙人はそう言ってからこう付け足す。
「こんな惑星、価値はない」
嬉しいような、悲しいような。
大臣がホッと胸をおろすと、宇宙人は聞いてきた。
「このおにぎりを作ったのは、ダレダ?」
「えっ? 私ですが……」
「君をおにぎり職人として雇う。ワレワレと新惑星について来い」
戸惑う大臣に、宇宙人はこう付け加える。
「金は惜しまない」
大臣は、その言葉に思う。
守るべき家族はいないし、友もいない。
それに地球よりも魅力的な惑星を見てみたくなった。
大臣は宇宙人と共に地球を後にした。
(了)