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第57回「小説でもどうぞ」佳作 ノストラダムスの大予言 嘉島ふみ市

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小説
小説でもどうぞ
第57回結果発表
課 題

裏切り

※応募数434編
ノストラダムスの大予言 
嘉島ふみ市

 俺は、いつもと同じように満員電車に揺られ、出勤していた。昨日と同じ今日があり、今日と同じ明日があって、明後日も、たぶん似たようなもん。一年後も五年後も、たぶん大して変わらない。こんな日常を、つまらないと思う感情さえ、とうの昔になくしてしまった。
 乗降客の波に押され、つり革を支点に体が四十五度回る。中刷り広告が目に入った。週刊誌の見出しには『新説ノストラダムスの大予言。真のアンゴルモアの大王の降臨は二〇二六年七月五日だった』とあった。
「あと十日で地球が滅びんのかよ」
 声には出さず呟き、鼻で笑うと、また人波に押され、体がくるんと回った。バランスを崩したOLにパンプスのヒールで思いっきり踏まれ、よろけたところを隣のおっさんに肘でどつかれて、もたれかかった若い男に、何でか俺が睨まれた。
 もうこんな毎日なら、派手にぶっ壊してもらってもいいのに、とか考えていると、ノストラダムスの予言を信じていた子供の頃が思い出されてきた。今、俺が三十七だから、あの一九九九年から、もう二十七年か。
 当時、俺は十歳で、親友の隆司と本気でノストラダムスの予言を信じ、一九九九年七月五日に地球は滅亡すると思っていた。
 今思えば馬鹿げているが、当時は同じように信じていた小学生も多く、テレビでも特集みたいのをいくつもやっていて、学者とか専門家が大真面目に予言について話していたりした。パソコンも携帯もろくにない時代、テレビの信ぴょう性は絶大で、俺らは、かじりつくようにそんな番組を見漁っていた。二人で「どうせ地球は滅亡するんだから、勉強なんて意味ないじゃん」って言い合って、テストで零点をとり、親や先生にこっぴどく怒られたりもした。
 絶望とワクワク、両方を抱えて緊張しながら迎えた七月五日。当然何も起きず、当たり前のように七月六日になった。
 夏の初めの清々しい青空の下、ノストラダムスに裏切られた子供二人だけが、滅びなかった世界に、そおっと取り残されたように思えた。
 そんな昔のことを思い出していたら、図ったようなタイミングで隆司から「今度の日曜、会えないか」って連絡が来た。
 日曜、言われた喫茶店に行くと緊迫した顔の隆司がいた。向かいの椅子に座りながら声をかける。
「おう。半年ぐらいぶり? どうしたんだよ。電話じゃダメだって、直接言いたいって、ちょっと怖いんだけど」
「翔太。真剣に聞いてくれ」
「聞くよ、聞くけど。何だよ」
「あのな、二〇二六年七月五日に地球は滅亡する」
 豆鉄砲食らい顔を挟んで、俺は思わず笑い出してしまった。
「ノストラダムス? アンゴルモアの大王が七の月に、また来るの? やべーじゃん、マジかよー」
 笑っている俺をよそに、隆司は表情を変えない。
「笑わないで聞けよ。信じられないかもしれないけど、マジなんだよ」
「は? それ週刊誌のバカみたいなゴシップだろ。あと一週間で地球が滅びるわけないじゃん。いい年こいて、お前何言ってんの? もう俺ら三十七だぜ。冗談でも恥ずかしいよ」
 それでも隆司は表情を変えない。
「詳しくは言えないけど、信頼できる筋からの情報なんだ。あと一週間ある。翔太のやりたいことをやれよ。俺は、やりたいことをやる。それを言いに来た」
「そんなこと言って地球が滅亡しなかったらどうするんだよ。大体、お前はどうすんの?」
「俺は会社を辞めてきた」
 そう、さらりと言ってのけた隆司に、俺がブチ切れた。
「は? ふざけんな、お前。家族どうするんだよ。子供まだ小さいんだろ」
「滅亡するんだから関係ねねえよ。もう家も担保にして金も借りてきた。貯金も全部おろした。あと一週間でこの金使い切る」
 そう言って、隆司は横に置いてあった、でかいバッグを掲げた。
 俺は立ち上がり、隆司の胸ぐらを掴んだ。
「馬鹿野郎。お前何考えてるんだ」
「どうせ地球は終わるんだ。こんな金、ビルから撒いてやってもいいし、競馬なんかやったことねえけど来週、重賞とかあるんだろ。金が残ったら七と五にぶっこんでやるよ」
「いいかげんにしろ。俺たち子供じゃねえんだぞ」
「翔太なら分かってくれると思ったんだけどな」
 そう吐き捨てるように言い放ち、俺を突き飛ばして隆司は喫茶店を出て行った。俺も慌てて喫茶店の外に飛び出したが、もう隆司の姿はなかった。
 その後、隆司と連絡もつかず、どこにいるのか何をしているのか分からないまま、十日経ち、七月五日になった。当然何も起きるわけなく一日が過ぎ、七月六日の月曜の朝になった。
 ノストラダムスに二回目の裏切りを食らった俺ら二人だったが、二回目のダメージはシャレにならない深刻さだった。
「馬鹿野郎が」
 この十日間で数えきれないくらい呟いた一言を、もう一度吐き捨てた。
 力が入らないまま出勤の準備をしていると、点けっぱなしにしていたテレビから女子アナの明るい声が流れた。
『凄いですねー。昨日の小倉のメインレースG3、馬単が七番五番で配当が三十五万円ですって。重賞の馬単では歴代三位の記録です。百円買ってるだけで三十五万ですよ。うらやましいですね。で、三連単に関しては配当が――』
 俺はテレビを凝視したまま、震える手で財布の中から馬券を取り出した。
(了)