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第57回「小説でもどうぞ」選外佳作 裏切りの家族 ゆずみいこ

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小説
小説でもどうぞ
第57回結果発表
課 題

裏切り

※応募数434編
選外佳作 

裏切りの家族 
ゆずみいこ

 ママが家を出た。新しいママが来たからだ。
 あたしは新しいママなんて認めない。妹も弟も同じだと思う。子供部屋に二人を並べると言った。
「これからミカさんをボイコットする」
 新しいママをわざと名前で呼んで宣言すると、小さな弟が、ボイコットってなあに、と尋ねてきた。
「ミカさんを無視すること」
「わかった」
 ところが、その弟が一番最初に裏切った。ミカさんの手作りケーキで手懐けられたのだ。
「お姉ちゃん、これ美味しいよ」
 釣られそうになった妹をひと睨みして子供部屋に戻った。当然、妹も付いてくる。
「あたしたちはスイーツなんかで誤魔化されないもんね」
 妹の言葉に頷く。チビの弟はてんで分かってない。あの人のせいでパパはママを裏切り、仕方なくママは出て行ったのだ。
 それからも、あたしたちは頑張った。ご飯だよ、と呼ばれても菓子パンやカップヌードルで済まして、絶対にミカさんが作ったものを食べなかった。いい加減にしなさい、とパパには叱られたけど断固として拒否した。
 けれども夜になって妹が泣き言を言い出した。
「お姉ちゃん、もう一週間だよ。あたし普通のご飯が食べたいかも」
「なに言ってんの」
 罵ったけど、確かに、あたしも妹も限界に近付いていた。
 何かいい方法はないかと考えていたが、あれ以来、妹は文句を言わない。なんだかおかしい、と思い、嫌がる弟を捕まえて吐かせた。
「内緒なんだけどね。お姉ちゃんがいない時にミカさんのご飯を食べてるんだよ」
 ――やっぱり妹も裏切っていた。
 この家の中で、あたしはひとりっきりになってしまった。パパはもとより、今では妹も弟もミカさん派だ。子供部屋にいたら、みんなの笑い声が聞こえてきた。なにか楽しいテレビでも視ているのだろうか。あたしはスマホをタップしてママの写真を出した。
 ママは美人だ。授業参観では、いつもみんなの注目を集めていた。誰もが羨ましがる自慢のママだ。残念ながら、あたしはママに似なかったけれど、いつかママのような上品な女性になりたいと思っている。
 ――ママに会いに行こう。
 ママの居場所は知らないけれど、おばあちゃんに電話したら、あっさり教えてくれた。なんで、もっと早くにこうしなかったのだろう。
 あたしは机の抽斗から貯めていたお年玉を全部出すと、ノートを千切り『ママに会いに行く』とだけ書き残して、こっそり足音を忍ばせて家を出た。
 電車に乗るのは初めてではないが一人だと緊張する。長シートの端に座っていたけど、隣に男の人が来たので、なんとなく立ってしまった。そのままドアに張り付き外を眺めた。
 午後の緩い陽射しで眠くなった。ぼんやりしていたら、いつの間にか田んぼばかりの風景になっていた。線路脇で揺れている菜の花の黄色がとってもきれいだ。ふと妹達にも見せたいな、と思い、あいつらは裏切者だ、と打ち消した。
 目的の駅に着いた。吹きっ晒しのホームでおばあちゃんから聞いたメモを取り出す。ママが住むアパートは駅を出て直ぐだ。
 誰もいない改札口を通り抜けた。駅前にやっていない自転車屋さんがあって、木の引き戸が昭和な感じだ。その隣はコインパーキングで、その隣のパン屋さんはシャッターが下りていて、角のお店は煙草の看板だけが残っていた。
 車も人も来ない信号を渡るとコンビニがあった。この町で唯一やっているお店かな、と笑った。どんどん歩いて行くと、きれいなアパートが見えた。そこから女の人が一人出てきた。遠目でも分かった。あれはママだ。
「マ……」
 走り寄ろうとした足が止まった。あたしの横を抜けて行った車がママの横で停まり、ママはその中に入ってしまったからだ。車の窓越しにママの横顔と運転席の人の横顔がくっついた。
 突然のことで、ドラマのシーンみたいで愕然となった。呆気に取られている内に車は走り去ってしまい、残されたあたしは間抜けだった。
 とぼとぼ駅に戻ると、驚いたことにミカさんがいた。改札口の向こうから駆けてくる。はあはあ言いながら、あたしの前まで来ると、いきなりギュッと抱き締められた。この時になって、あたしは自分が泣いていたことに気付いた。
「わたしが本当のママなんだよ」
 突然、何を言い出すのかと見上げると、本気のミカさんが見詰め返してきた。
「あなたのママはプライドの高い人でね。パパが他所に子供を作っても絶対に別れなかった。その後二人子供を産んだけど、結局不倫をしてパパを裏切ったの。でも、そのお陰でわたしはパパと結婚できたけどね。さあ裏切りはもうおしまい。わたし達、実の親子なんだもの」
 帰ろう、とミカさんが、あたしの手を取って歩き出した。
 あたしには、もう、その手を振り払う気力はなかった。
(了)