第57回「小説でもどうぞ」選外佳作 期待外れ 平茶


第57回結果発表
課 題
裏切り
※応募数434編
選外佳作
期待外れ 平茶
期待外れ 平茶
なんだろう。ついてない日が日常と化した私だが、今日は少し様子が違う。
退社してからの帰宅途中に気づいた。ついてない私についてくるこのイケメンはなんだ?
勧誘か? 悪いけど、私はイケメンにはもう騙されない。
しかし、真っ黒の全身タイツのような姿に、黒い大きな羽、勧誘にしては変だ。
コスプレか? ストーカーとか? はたまた変質者か?
日本の警察は何をしているんだ。善良な市民がピンチだというのに。
そう、私は手前味噌だが、善良な人間なのである。
今朝は家から駅に向かう途中で、やたらと鼻水が出ていたのだが、そのおかげでハンカチはひどい有様になった。そのハンカチをバッグにしまうか悩んでいたところに、瀕死のコウモリが横たわっているのに遭遇した。ピクピクと震えるコウモリを見て、気持ち悪いと思ったが、優しい私はそっと手に持っていたハンカチをかけてあげた。
そんな優しい私を不気味に付け回すなんて……。
よし、振り返って文句を言ってやろう。気持ち悪い、と。
立ち止まり、一つ深呼吸をした後、おもむろに振り返り、大きな声で言ってやった。
「ちょっと、さっきからずっとついてきて気持ち悪いんだけど。なんか用?」
「まいど。コウモリもとい、悪魔さんやで」
男はそう言って近づいてきて、見覚えのあるハンカチを差し出した。
「今朝は快眠を邪魔してくれておおきに」
整った顔とは裏腹に、低くしゃがれた声に戸惑いつつ私は尋ねた。
「もしかして、今朝の死にかけのコウモリ?」
「コウモリちゃう、悪魔や。んで、死にかけてない、寝てただけや」
「悪魔? あんたが? そういう遊び?」
「なんでやねん、正真正銘の悪魔や。消滅の魔法が使える悪魔様や」
「ふーん、じゃ、証拠見せてよ」
キョロキョロと辺りを見回す私の視界に、夕焼けに染まる富士山が入ってきた。
「ねえ、富士山を消してみてよ。なんでも消せるなら、日本一の山でも訳ないわよね?」
悪魔は大げさなポーズの手から、富士山に向かって激しい閃光を放った。
眩い光は富士山を包み、爆発するかのように、さらに強い光を放ち消えた。
あまりの眩しさに顔を背けていた私が目を開けると……雄大な山は消えていなかった。
「……消えてないけど?」
「なにが?」
「あの山を消すって話でしょ? あの山……えーと……あれ?」
私のスマホが震える。
『日本最大級の山、呼称不明!』
「どや? あの山の名前の概念を消してやったで」
「ちぇっ、期待を裏切る悪魔ね。私はもっとドーンと消えるのを想像してたのに」
「あのな、物理的に消すより高度なんやぞ」
深いため息をつく私の目に、夕空に薄く浮かぶ真ん丸の月が映る。
「ねえ、あの月を半分にしてよ。今度は物理的に、ね」
「悪魔使いが荒いやっちゃな」
悪魔がブツブツ言いながら指をパチンと鳴らした。
「ほい、やったで」
私は夕焼けの空を見上げた。真ん丸の月は変わらず浮かんでいる。
「こらこら、また裏切った……」
言いかけた私のスマホに再び速報が入る。
『NASAの緊急発表、月の裏側、存在せず!』
「ちゃんと半月になっとるやろ?」
悪魔のドヤ顔に、怒りで震える手の中のスマホの画面には中東戦争のニュースが表示されていた。
「じゃ、今度は戦争を消して。世界を平和にしてよ」
悪魔は首を横に振った。
「それは無理や」
「なんでよ、なんでも消せるんでしょ?」
「あのな、『戦争』ってのは現象や。『戦争』を消しても、『戦い』、『争い』、『競争』、『対立』、なんぼでもあるねん。だから無理や」
「なによそれ、つまんない……。あんたも世界も裏切ってばっかり。つまんない!」
そう呟いた私は、左手首をぎゅっとつかんだ。
幾つもの線傷がもたらすザラザラとした感触に心が落ち着く。
「連れてって……」
「へ?」
「私もあんたの世界に連れてって、って言ってんの」
「悪いな、人間は入れん世界やねん」
悪魔が申し訳なさそうに言った。
「人間なら、でしょ?私を人間のカテゴリーから消してよ」
「消しても悪魔になれるかは別やで?」
「いいよ、人間以外なら行けるんでしょ?さあ、早く!」
「しゃーないやっちゃな」
悪魔は両手でパチンと指を二回鳴らした。すると、私の全身をどす黒い霧が包んでいく。やがて、黒い霧は晴れ、新しい私の姿が光を放ちながら現れた。
「これは……」
私の背中には白い大きな羽と、頭上には光り輝く輪っかがついていた。
「ひゃっひゃっひゃ、お前は期待を裏切らんやっちゃな」
ムカつく顔で腹を抱えて大笑いする悪魔に、苛立ちを感じながら私は尋ねた。
「ねえ、これでもあんたの世界に行ける?」
「かまへんけど、一人だけ天使やったら浮くで?」
「大丈夫。慣れっこだから」
「ええ答えや。ほな、早速行こか」
小さくうなずいた私の手を取り、悪魔は私を抱えて飛び立った。
「ところで、悪魔ってみんな関西弁なの?」
そう尋ねた私に悪魔はにっこり笑った。
「いや、俺だけやねん」
「なによ、あんたも浮いてんじゃん」
悪魔の腕の中で、私は久しぶりに大声で笑った。
(了)