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第57回「小説でもどうぞ」選外佳作 骨を拾う 紅帽子

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小説
小説でもどうぞ
第57回結果発表
課 題

裏切り

※応募数434編
選外佳作 

骨を拾う 
紅帽子

 あんたの骨を拾う。焼きたてのまだ熱を持ったあつあつの骨を拾う。骨上げ箸を使って崩れないようにつまむ。力を入れすぎるとぱっと軽石が粉砕するみたいに骨の形を留めなくなる。力が弱いと箸の先端に動力が伝わらず何も掴めない。思いを込めすぎても、さりげなくてもいけない。なんというかあたりまえのように自然体で骨を拾う。
 私ひとりではないのだ。骨上げ箸は横に並んだ喪服着た人に渡さなければならない。私ひとりのあんたではないのだ。
 あんたは女の部屋で死んだ。最低である。私という人間がいながら、別の女の家で死ぬなんて。そんなの裏切りよ。
 あんたとは、そうね、七年のつきあいになるかしら。ははは、今から思えば私たちはうぶだったな。初めて会った日から、手を触れ合ったのは三日後、くちづけを交わしたのはそれから一ヵ月もあとだった。仕事帰りにあんたのところに通い、気軽に言葉をやりとりするのは何よりの楽しい時間。ほどなくして私たちは同棲することになり、蜜月というのかしら、それはどこにでもある平凡な関係だったのだろうが、私は仕合わせだった。おそらく世界の恋人たちが心から望むこと、この世界がこのままずっと続きますようにと私は毎日祈っていた。
 でも、あんたは遊び好きだった。
 いったいどこに遊びに行くのだろう。私は一度ならずもあんたを追いかけたことがある。しかしあんたは不意に姿をくらますし、逃げ出すのがうまかった。
 何日も家を空けた後、急に家に帰るとあんたは水をがぶがぶ飲んだ。そして酔ったような青い顔で私にしがみつき言った。
「苦しい。助けてくれ。怖いんだ」
 なんなのよ、私を放っておいて!
 あんたはイケメンていうか、ニヒルだけどかわいい顔だちだからモテるのはしかたない。どこに行っても引く手あまただったのね。
 私はけっこうヤキモチ焼きなのよ、知らなかった?
 お互い知らないこといっぱいよね、女と男だもん、一つや二つ、秘密の話あるわよね。実は今初めて言うけど、私は一度だけあんたを裏切ったことがある。
 例によってひょいと姿をくらましたあんた、ずっと待ってるのも癪だから、私は仕事帰りにフラリと居酒屋に入った。
 驚いた、そこにあんたがいるじゃないの。
「あんた、なんでこんなところにいるのよ」
 私は大声で怒鳴った。
 しかし、恥ずかしい話だが、それはあんたではなかった。あんたにそっくりだったけど違ったのだ。ちょっと赤い顔してた彼、居酒屋だからなのか。
 私も赤面して彼に謝った。ごめんなさい、と。
 すると彼は言った。
「こんばんは」
 私は思わず微笑んだ。そして同じ言葉を返した。「こんばんは」って。
 私と彼は思いが通じ合ったのか、長い間お喋りをした。そして、居酒屋のご主人がちらとこちらを見たけど、知らんぷりして私は彼と一緒に外に出た。
 きれいな月がぽっかり浮かぶ青い夜だった。
「きれいね」
 と私が言うとちょっぴり赤い顔の彼も「きれい」と返した。
 私たちは一夜を共にした。
 それがあんたを裏切った一度だけの夜のことよ。
 でもね、あんたが何日も家を空けて帰ってきた朝、やっぱりあんたがいちばん、もう私はなんというか、あんたと一緒に飛んで行ってしまいそうな気持ちになったものよ。
 あんたが最後にうちに帰ったときに言ったのも、おなじみの台詞だった。
「僕は寂しい。孤独なんだよ」
 ふふ、 私が悪かったのね。そんな言葉ばっかり覚えさせちゃって。私の愛読書、無頼派作家のお決まりの台詞。私は気に入った小説を声に出して読む。だからあんたが自然に覚えて喋るようになったのはそんな言葉ばっかり。ふふふ、もっと違う言葉を教えてあげればよかった。
「ぴーちゃん!」とか、「おはよ!」とか。ごめんね、ぴーちゃん。

ペット葬儀場で火葬された小鳥の骨はまだ熱いままだった。私は箸を隣の母に手渡す。母は明るい顔をして喋った。
「この子の骨、意外と骨太だね。うちに時々飛んできてたけど、まさかあんたん家(ち)のインコだったとは。いくつだったの。そう、8歳、そりゃ、大往生よ、天寿をまっとうしたんだわ。変な言葉しか喋らない鳥だったけど、ま、きれいな青い羽してさ、かわいかったよ。そうそう、最後に私ん家に来たときだった、こんなこと喋ってたわよ。『元気で行こう、絶望するな。では、失敬』だって。変な鳥よね、あんたん家じゃなくウチで死んだっていうのもなんだか、ね。愛人の家で死んだみたいじゃないの、無頼派ね、ははは」
 あんたが遊びに飛んで行ってた先が、母の家だったとは。
 私が看取れなかったぴーちゃんの最期。裏切られた、ってちょっと母にジェラシー感じてたけど、今の母の言葉を聞いて吹っ切れた。絶望するなって言ってくれたピーちゃん。元気で行こうって言ってくれたんだから。

 私と母はセキセイインコの骨壺を抱え、ペット葬儀場をあとにした。
「私、新しいインコ飼うことにするわ」
「え、アテあんの?」
「うん、居酒屋にね、私にちょっと懐いてるインコがいるの」
「へえ、そりゃよかった。青いインコなの?」
「ちょっと顔が赤っぽいんだけど、ピーちゃんにそっくりよ」
 いいでしょ、ピーちゃん、裏切りじゃないわよね。ありがとう、七年間。
 天国でも元気に羽ばたくんだよ。生まれてすみません、なんて言っちゃだめだからね。
(了)