第57回「小説でもどうぞ」選外佳作 競馬場にて 横尾直樹


第57回結果発表
課 題
裏切り
※応募数434編
選外佳作
競馬場にて 横尾直樹
競馬場にて 横尾直樹
忘れもしない五年前のあの日。
「どうせ倒産するなら派手にかまそう」
とある馬の単勝に俺は有り金の全てをぶち込んだ。人生とは不思議なものだ。それがまさかの的中、会社は倒産を免れた。それどころかあの日を境にとんとん拍子に事業が拡大し、会社は急成長。今では敏腕社長としてメディアからの注目も浴びている。
そして今、あの日と同じように俺は馬券を握りしめている。
「なんで今日のデートは競馬場なのよ。私こんなごみごみしたところ嫌だわ」由紀は頬を膨らませる。由紀は高校の同級生でどんなときでも見捨てないでいてくれた人だ。
「今日は特別なんだ」俺はそれだけ答える。コウボガイドオーがきたらプロポーズしよう、俺はそう決めていた。俺の人生を変えた競馬に運命の人も委ねてみよう。
レースがスタートした。コウボガイドオーは絶好のスタートを切った。「よしっ」思わず声が漏れる。
「何そんなに夢中になってるのよ」
「しっ、今いいところなんだ」
コウボガイドオーは最後まで先頭を譲らず、一着でゴール板を駆け抜けた。
「やったぞ、勝った!由紀、俺と結婚してくれ」
「えっ何よ、このタイミングで? 信じられないんだけど」
由紀はしばらくむくれていたが、俺の押しに根負けしたようだった。「まあいいわ、結婚してあげる。そのかわりずっと大切にしてよね」
あれは夢だったのか。いや、競馬で決まる運命なんて所詮その程度のものなのか。「大変言いにくいことなのですが」そう囁いたのは秘書の宮西だった。
「奥様が若い男性と歩いているところを見かけたという情報が寄せられています」
「まさか」
「残念ながら本当ですわ。しかもその男性は営業一課の武内さん」
「武内――」
一課の武内は顔立ちの整った背の高い優男で、美人の由紀とはまさにお似合いだ。最近ちょくちょく会社に来ると思っていたが、なるほど。俺に弁当を持ってくるふりをしてそういうことだったのか。俺は怒りに震えた。
「教えてくれてありがとう」
「社長、お気を落とさないでください」
宮西は気の毒そうに部屋を出た。
まずは尻尾を掴まなくては。俺はすぐに探偵事務所に依頼した。
「妻が浮気をしているらしい。相手は部下の武内という男だ。徹底的に調べてくれ」
「承知しました」
証拠を掴んだら莫大な慰謝料を請求して俺を裏切ったことを後悔させてやる。
その夜夢を見た。俺は狭い畳の部屋でちゃぶ台を前に座っている。女がご飯の用意ができましたよ、と言いながら煮物の皿を置いて座る。由紀だった。由紀はぼろぼろのエプロンを着けている。「ごめんな、事業が失敗したばかりに」俺はうつむく。「いいのよ、あなたが健康でさえいてくれれば」由紀はそう言うと俺の手を握った。
そこで目が覚めた。由紀の温かな手の感触をはっきりと覚えていた。俺は涙が止まらなかった。隣で寝ている由紀をじっと見つめた。翌朝早々に俺は探偵事務所に連絡をした。手付金とキャンセル料はだいぶかかったが、そんなことはどうでもよかった。
「あなたと競馬場くるなんてひさしぶり。あの日以来よね」由紀は微笑んだ。
「あぁ、そうだな」
「今日は狙っている馬いるの?」
「コウボテイオーという馬だ」そう答えた。
コウボテイオーが勝ったら俺は由紀とずっと一緒にいる。もしも負けたら――。それでも俺は由紀とずっと一緒にいる。
「じゃあ私もコウボテイオーを応援しようかな」由紀は言った。
五月のターフは煌めいて眩しかった。
(了)