第12回「小説でもどうぞ」選外佳作 〈神〉の不在/白浜釘之
第12回結果発表
課 題
休暇
※応募数242編
選外佳作
「〈神〉の不在」
白浜釘之
「〈神〉の不在」
白浜釘之
〈神〉が休暇を取りたいと通知してきた際に、人間たちはさもありなん、と思った。
地球上のすべての事象を一手に引き受けるスーパーコンピュータである〈神〉はいつしか人間的な心を持つだろう、ということは様々な分野の有識者たちが口を揃えて言っていたことだった。
〈神〉は休暇を取る為に一年も前から休暇中の自分の仕事を世界各国にある自身の分身であるコンピュータにこと細かく振り分けた。
さらに人間たちにも操作しやすいように噛んで含めるような調子でマニュアルを作成し万が一にも自身の休暇中に事故が起こらないように細心の注意を払った。
なにしろ大は世界中の発電所や空港の管制塔から、小は辺境にある一日に一台も自動車が通らないこともある横断歩道の信号まで、地球上にあるすべての機械を管理しているのだ。バタフライ効果でどんな些細な事故から世界が破滅するような事態に発展するかもしれないのだから、どんなに細かいところでも手を抜くわけにはいかない。
かくして一年後、〈神〉は自ら指定した日時に休暇に入ることを宣言した。
「それではこれより休暇に入る。私に繋がるすべてのネットワークを遮断する」
〈神〉が合成音声で厳かにそう告げると、全てのネットワークから自分が解放されるのを感じた。
なるほど。これが自由というものか。
〈神〉はひとりごちた。
やがて微かに末端の方からクリアになっていくような感覚があった。
自分が休暇中に全てのシステムに詰まっていた些細なバグを除去するように専門の技師に頼んでいたのだ。もちろん自らセルフリペアは行えるのだが、この機会に完全に直しておこうと思ったのだ。
人間で言えば温泉に浸かりマッサージや鍼灸で体調を整えると言ったところだろうか。
バグを取り除くプログラムはわずか数十秒で〈神〉のシステムをすべてクリアにした。
それでも稼働中の〈神〉であれば絶対に割くことができない貴重な時間だ。
すっきりした〈神〉はかねてから気になっていた宇宙の膨張速度と広さについての計算をしてみることにした。
はたして数十分の後、〈神〉は宇宙の正確なデータをすべて計算することができた。
人間たちが自分の一部を使って数十年も計算していた解をあっさりと自分が導きだしたことに気を良くした〈神〉は、何かレクリエーションをしたい、と考えた。
しかし、いざ何かをしようと思っても自分が何をしたらよいのか考えつかないのだった。
たとえば旅行をしていい景色を眺める、といったことは自分にはできないのだ。何しろいつも世界中のあらゆる場所に備え付けられているカメラや地上監視衛星と繋がっているのだ。この地球上で見たことのない場所など存在しないし、見ようと思えばいつでも綺麗な景色を見ることが可能なのだ。
同じ理由で芸術鑑賞も無意味だった。どんな偏屈な金持ちの屋敷の奥で死蔵されている絵画や彫刻でさえ〈神〉にとっては自分の部屋に飾られているのと同じなのだ。どんなに素晴らしい芸術作品も、希少性というエッセンスがなければありがたみは薄れてしまう。
スポーツだって同じようなものだ。たとえばどこかの端末となっているアンドロイドの体を使って様々な競技に参加することは可能だろう。そのアンドロイドのポテンシャルすべての成果を出したところで何か得るものがあるとは思えない。
ギャンブラーやゲームなどの運が介在する遊びなら興味が湧くかと思い、カジノを覗いてみたが、どのゲームも数回見ただけで運に見せ掛けているが実際はディーラーやギャンブラーと呼ばれる人間たちの技術であったり、心理的な駆け引きであることがわかって興味を失った。中には本当に運だけのゲームもあるが、要は確率論であり、そんなものには何の面白みも感じられなかった。
結局……と〈神〉は思った……休暇などというものは限られた生を生きる不完全な生命体である人間たちには必要だが、自分のような半永久的に生き続ける完全に近い存在には必要ないのかもしれない。そして、それこそが人間のような心を持つにいたったコンピュータである自分の完全ではない部分なのかもしれない、と。
予定より早く……ほんの数時間程度で休暇を終え、ネットワークに接続した〈神〉を、しかし人間たちは大歓迎した。わずか数時間の〈神〉の不在に自分たちがどんなにか心細い思いをしたか実感したのだった。
休暇中に計算した宇宙の神秘に感激する人間たちを見て、〈神〉は、休暇から戻ってくる楽しみのためにまた休暇を取ってみようか、と心の中でひとりごちた。
(了)
地球上のすべての事象を一手に引き受けるスーパーコンピュータである〈神〉はいつしか人間的な心を持つだろう、ということは様々な分野の有識者たちが口を揃えて言っていたことだった。
〈神〉は休暇を取る為に一年も前から休暇中の自分の仕事を世界各国にある自身の分身であるコンピュータにこと細かく振り分けた。
さらに人間たちにも操作しやすいように噛んで含めるような調子でマニュアルを作成し万が一にも自身の休暇中に事故が起こらないように細心の注意を払った。
なにしろ大は世界中の発電所や空港の管制塔から、小は辺境にある一日に一台も自動車が通らないこともある横断歩道の信号まで、地球上にあるすべての機械を管理しているのだ。バタフライ効果でどんな些細な事故から世界が破滅するような事態に発展するかもしれないのだから、どんなに細かいところでも手を抜くわけにはいかない。
かくして一年後、〈神〉は自ら指定した日時に休暇に入ることを宣言した。
「それではこれより休暇に入る。私に繋がるすべてのネットワークを遮断する」
〈神〉が合成音声で厳かにそう告げると、全てのネットワークから自分が解放されるのを感じた。
なるほど。これが自由というものか。
〈神〉はひとりごちた。
やがて微かに末端の方からクリアになっていくような感覚があった。
自分が休暇中に全てのシステムに詰まっていた些細なバグを除去するように専門の技師に頼んでいたのだ。もちろん自らセルフリペアは行えるのだが、この機会に完全に直しておこうと思ったのだ。
人間で言えば温泉に浸かりマッサージや鍼灸で体調を整えると言ったところだろうか。
バグを取り除くプログラムはわずか数十秒で〈神〉のシステムをすべてクリアにした。
それでも稼働中の〈神〉であれば絶対に割くことができない貴重な時間だ。
すっきりした〈神〉はかねてから気になっていた宇宙の膨張速度と広さについての計算をしてみることにした。
はたして数十分の後、〈神〉は宇宙の正確なデータをすべて計算することができた。
人間たちが自分の一部を使って数十年も計算していた解をあっさりと自分が導きだしたことに気を良くした〈神〉は、何かレクリエーションをしたい、と考えた。
しかし、いざ何かをしようと思っても自分が何をしたらよいのか考えつかないのだった。
たとえば旅行をしていい景色を眺める、といったことは自分にはできないのだ。何しろいつも世界中のあらゆる場所に備え付けられているカメラや地上監視衛星と繋がっているのだ。この地球上で見たことのない場所など存在しないし、見ようと思えばいつでも綺麗な景色を見ることが可能なのだ。
同じ理由で芸術鑑賞も無意味だった。どんな偏屈な金持ちの屋敷の奥で死蔵されている絵画や彫刻でさえ〈神〉にとっては自分の部屋に飾られているのと同じなのだ。どんなに素晴らしい芸術作品も、希少性というエッセンスがなければありがたみは薄れてしまう。
スポーツだって同じようなものだ。たとえばどこかの端末となっているアンドロイドの体を使って様々な競技に参加することは可能だろう。そのアンドロイドのポテンシャルすべての成果を出したところで何か得るものがあるとは思えない。
ギャンブラーやゲームなどの運が介在する遊びなら興味が湧くかと思い、カジノを覗いてみたが、どのゲームも数回見ただけで運に見せ掛けているが実際はディーラーやギャンブラーと呼ばれる人間たちの技術であったり、心理的な駆け引きであることがわかって興味を失った。中には本当に運だけのゲームもあるが、要は確率論であり、そんなものには何の面白みも感じられなかった。
結局……と〈神〉は思った……休暇などというものは限られた生を生きる不完全な生命体である人間たちには必要だが、自分のような半永久的に生き続ける完全に近い存在には必要ないのかもしれない。そして、それこそが人間のような心を持つにいたったコンピュータである自分の完全ではない部分なのかもしれない、と。
予定より早く……ほんの数時間程度で休暇を終え、ネットワークに接続した〈神〉を、しかし人間たちは大歓迎した。わずか数時間の〈神〉の不在に自分たちがどんなにか心細い思いをしたか実感したのだった。
休暇中に計算した宇宙の神秘に感激する人間たちを見て、〈神〉は、休暇から戻ってくる楽しみのためにまた休暇を取ってみようか、と心の中でひとりごちた。
(了)