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第12回「小説でもどうぞ」佳作 仮面の人/市田垣れい

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第12回結果発表
課 題

休暇

※応募数242編
「仮面の人」市田垣れい
 場末のダンスホールは、週末とあって賑わっていた。誰も彼もが仮面をつけ、精一杯に着飾って踊っていた。壁際に一人の男が立っている。私より一回り若いと思われる男から、目が離せない。なぜなら彼だけが仮面をつけていないからだ。私が求めているのは、この男だと確信して近づいた。男は私の気配を感じて顔をあげた。
「ごきげんよう。あなたは何故、仮面をつけていないの?」
 男はうすら笑いを浮かべた。
「隠したって無駄だからさ。俺は何でも見通るんだ。例えば、君は」は私を上から下まで見た。
「君は今、追われている。違う?」
 私が答えようとした時、店のドアが乱暴に開けられて、スーツ姿の男が四人入ってきた。
 私はとっさにショールを頭からかぶって、身をすくめた。男は私に手を差し出した。
「おいでになったようだね。さあ、こっちから逃げよう」
 男は私の手を引いてカウンターの中に入り、グラス棚の横にある裏口を指さして小声で言った。
「靴を脱いで手に持って。走るよ」
 男に手を引かれて、私は走った。ストッキングが破れているようだが、気にしている暇はない。いくつも角を曲がり、小さなビルの前で男は止まった。
「ひとまず、ここで」
 男は息を弾ませながら、一階にある小さなドアを開けた。地階に店があるようだ。先に立って降りていく男が地階のドアを開けた。男が壁を触って灯りをつけると、そこはカウンター席だけのバーだった。
「俺が働いている店だ。座ってくれ」
 私は息を整えながら、カウンターの椅子に座った。男はカウンターの端をくぐって中に入り、私と対面すると口を開いた。
「君は世間を騒がせているアレだろう」
 薄ら笑いを浮かべた横柄な男は、どうやら私の正体を知っているようだ。
「冷たい飲み物が欲しいわ」
 男は大ぶりの氷を小さく割ってグラスに入れた。マドラーで氷をグラスになじませる。
 カウンターの下の冷蔵庫から、ペリエの瓶を出してグラスに注ぐ。ライムを取り出し薄く切って、指先で器用にひねり、香りづけしてから提供した。手慣れた仕事だ。グラスはほどよく冷えて、飲みごろだった。男は、私が飲み干すまで黙っている。
「おいしかったわ」
「それはどうも」
 男は乾いた布巾で、ふせてあるグラスを磨きながら口を開いた。
「これからどうするか、もう決めたのか」
 私は首を振る。
「まだ」
「条件によっては協力してやってもいい」
「条件?」
 男は身を乗り出してささやいた。
「お宝だよ。持っているんだろう」
 私は男が期待しているものが何なのか、良くわからない。報酬ということだろうか。万が一のために持ってきた物ならある。私は男に背を向けて、胸の谷間に手を入れて男の言うお宝を取り出してカウンターに置いた。
「今はこれしかないわ」
 それは母からもらった肩身の指輪だった。男は指輪を持ち上げて、照明にかざした。
「エメラルドか。本物だろうな」
 私がうなずくと、男は指輪を上着のポケットにしまった。
「お前さんの望みを聞こう」
 そう言われるとよくわからない。私は何がしたくて飛び出したのだろう。黙っている私を見た男は後ろを向いて棚の中を探している。
「まずは腹ごしらえだな。あいにく固いパンと缶詰のスープしかないなぁ」
 男が出してくれたのは軽く炙ったバゲットと、温かいトマトスープだった。スープの湯気が、私の空腹を呼び覚ました。
「ありがとう、いただくわ」
 私が食べている間に、男は新聞紙の束から聞を一部、取り出した。
「あった、あった」
 新聞記事を見ながら、男は私の顔と新聞を見比べている。
「写真が小さくて、よくわからないな」
「面に大きな写真が載っているわよ」
 男が新聞を裏返して、記事を読みあげた。
「バカンス中の王女、行方不明に」
 私は、小さい写真の記事を読みあげた。
「女盗賊、取り調べ中に逃亡」
 私は仮面をはずして、男に問うてみた。
「どちらだと思ったの?」
「バカンス中で、逃亡中なんだろ」
 私は男のふてぶてしさに笑った。男は上着から指輪を出して、カウンターに置いた。
(了)