第12回「小説でもどうぞ」佳作 俺の休暇/てんし
第12回結果発表
課 題
休暇
※応募数242編
「俺の休暇」てんし
朝日が昇ると共に目が覚めた。
カーテンの隙間から夏の光が差し込んでいる。窓の向こうから鳥のさえずる声も聞こえてきた。清々しい朝だ。僕は自然と微笑みながら、ベッドから身を起こした。
今日は、休日。一週間めいっぱい働いた後のご褒美だ。大手ゼネコンに勤める俺は、分譲マンションを担当している。同じ課の奴らを出し抜いて、営業成績は常にトップだ。俺の右に出る奴はいない。これは自慢じゃない。ただの事実だ。買い手のニーズをいち早く察知し、それに対する自社物件の優位性をキレキレの営業トークで細やかに、かつ優雅に、エレガントにお伝えする。多少の誇張はあっ然るべき常識だ。大切なのは、相手をいい出会いと買い物を成しえたという満足かつ幸せな気分にして差し上げること。これが第一。
それを考えると、この俺の人を惹きつけてやまないイケメン×3乗ほどのこの容姿は、どうだろう。存在そのものが人を十分に倖せにしていると言って過言ではない。仕事はできる、金はある、顔は良い。この三拍子揃った完全無欠な俺様に訪れたこの週末の黄金の二日間、どうやって過ごそうか。
俺はようやく立ち上がって、キッチンへと向かい、コーヒーメーカーにスイッチを入れた。南向き3DKマンションの角部屋であるここは、自社物件で安くで借りられている。営業成績の良い俺に、部長がご褒美として与えてくれたのだ。さすがに賃貸としてだが、それはまあ、仕方ない。
部屋の中にコーヒーの香りが漂う。白を基調とした壁にセンス良く置かれた家具の数々。
壁には、付き合って5年になるガールフレンドのキョウ子が30歳の誕生日に送ってくれたパステルピンクのプリザーブドフラワーが掛けられている。
「会えないときも、これを、私だと思っていつもお部屋において欲しいの」
高級フレンチレストランで食事した後、はにかみながら渡してくれた。
「ねえ、私の誕生日も忘れないでいてくれるわよね」
と、そのあとに意味深な微笑みを顔に浮かべてはいたけれど。いいさ、金銭のある無しは愛情に比例する。倖せの7割はお金で買うことが出来る。キョウ子が傍にいてくれるのも割合は不明だが、きっとお金のおかげ。有難う、キョウ子。
最新ルンバが低いうなり声をあげて床を掃除している。そうだ、起きると同時にスイッチを入れたんだった。よって、いつも塵一つないこの部屋。いつでも全て完璧、完璧な俺。
コーヒーを飲み終えた俺は、おもむろに窓の外に目を向ける。気温が上がってきたせいか、さえずっていた鳥もどこかへ行ってしまった。今日も、暑い一日になるのだろうか。
さあ、今日はこれから何をしようか。どこへ行こうか。どこかクーラーの効いた場所にでも出かけるとしようか。
「当図書館では、コロナ感染拡大予防のため、私語は慎んでくださるようお願いいたします」
壁一面のはめ込みの窓から見える景色をわざわざ隠すが如く大きな張り紙が貼られている。その下には「基本的に3時間以内のご使用となっております」との張り紙もある。
景気の減速ならびに光熱費の高騰を配慮してクーラーの温度を弱めているのか、若干蒸し暑さを感じる館内だった。
それが想定内だった俺は首に巻いたタオルの先で、額に滲んだ汗をそっと拭った。学習室には受験生とおぼしき中高生や資格取得を目指す社会人たちで空席はない。時節柄、それぞれの席の間隔は空けられているが、隣の人の動作は気になるものだ。特に試験を控えている者にとっては。
俺の目の前には、宅地建物取引主任者の資格を取るための問題集がうずたかく積まれている。今年はなんとしても受からなくては。もう2度目の挑戦になる。コロナ禍による不況のあおりを受けて、勤めていた飲食店は廃業に追い込まれた。そこは、近くにある大手ゼネコンの社員が昼になるとぞろぞろと来店し、定食をほおばりながら仕事の話に花を咲かせていた。上質なスーツに身を包みクレカで支払をする彼らは俺の憧れだった。
いつかは、俺もそちら側に行きたい……!
失業保険を貰いながら勉強をしている俺にとって、毎日が休暇だ。三畳一間の風呂無しアパートに住んでいるが、貯金も底がつき始めている。俺は胸ポケットから小さな手帳を取り出して読み返す。それは、これからの俺を想像して書いた未来日記だった。全てが完璧な俺だ。
栞にしているのは、雑誌から切り抜いてラミ加工した深田恭子だ。ピンクの花束を抱いて微笑んでいる。待ってろよ、俺の未来!
俺の休暇は、まだしばらくは続く。
(了)
カーテンの隙間から夏の光が差し込んでいる。窓の向こうから鳥のさえずる声も聞こえてきた。清々しい朝だ。僕は自然と微笑みながら、ベッドから身を起こした。
今日は、休日。一週間めいっぱい働いた後のご褒美だ。大手ゼネコンに勤める俺は、分譲マンションを担当している。同じ課の奴らを出し抜いて、営業成績は常にトップだ。俺の右に出る奴はいない。これは自慢じゃない。ただの事実だ。買い手のニーズをいち早く察知し、それに対する自社物件の優位性をキレキレの営業トークで細やかに、かつ優雅に、エレガントにお伝えする。多少の誇張はあっ然るべき常識だ。大切なのは、相手をいい出会いと買い物を成しえたという満足かつ幸せな気分にして差し上げること。これが第一。
それを考えると、この俺の人を惹きつけてやまないイケメン×3乗ほどのこの容姿は、どうだろう。存在そのものが人を十分に倖せにしていると言って過言ではない。仕事はできる、金はある、顔は良い。この三拍子揃った完全無欠な俺様に訪れたこの週末の黄金の二日間、どうやって過ごそうか。
俺はようやく立ち上がって、キッチンへと向かい、コーヒーメーカーにスイッチを入れた。南向き3DKマンションの角部屋であるここは、自社物件で安くで借りられている。営業成績の良い俺に、部長がご褒美として与えてくれたのだ。さすがに賃貸としてだが、それはまあ、仕方ない。
部屋の中にコーヒーの香りが漂う。白を基調とした壁にセンス良く置かれた家具の数々。
壁には、付き合って5年になるガールフレンドのキョウ子が30歳の誕生日に送ってくれたパステルピンクのプリザーブドフラワーが掛けられている。
「会えないときも、これを、私だと思っていつもお部屋において欲しいの」
高級フレンチレストランで食事した後、はにかみながら渡してくれた。
「ねえ、私の誕生日も忘れないでいてくれるわよね」
と、そのあとに意味深な微笑みを顔に浮かべてはいたけれど。いいさ、金銭のある無しは愛情に比例する。倖せの7割はお金で買うことが出来る。キョウ子が傍にいてくれるのも割合は不明だが、きっとお金のおかげ。有難う、キョウ子。
最新ルンバが低いうなり声をあげて床を掃除している。そうだ、起きると同時にスイッチを入れたんだった。よって、いつも塵一つないこの部屋。いつでも全て完璧、完璧な俺。
コーヒーを飲み終えた俺は、おもむろに窓の外に目を向ける。気温が上がってきたせいか、さえずっていた鳥もどこかへ行ってしまった。今日も、暑い一日になるのだろうか。
さあ、今日はこれから何をしようか。どこへ行こうか。どこかクーラーの効いた場所にでも出かけるとしようか。
「当図書館では、コロナ感染拡大予防のため、私語は慎んでくださるようお願いいたします」
壁一面のはめ込みの窓から見える景色をわざわざ隠すが如く大きな張り紙が貼られている。その下には「基本的に3時間以内のご使用となっております」との張り紙もある。
景気の減速ならびに光熱費の高騰を配慮してクーラーの温度を弱めているのか、若干蒸し暑さを感じる館内だった。
それが想定内だった俺は首に巻いたタオルの先で、額に滲んだ汗をそっと拭った。学習室には受験生とおぼしき中高生や資格取得を目指す社会人たちで空席はない。時節柄、それぞれの席の間隔は空けられているが、隣の人の動作は気になるものだ。特に試験を控えている者にとっては。
俺の目の前には、宅地建物取引主任者の資格を取るための問題集がうずたかく積まれている。今年はなんとしても受からなくては。もう2度目の挑戦になる。コロナ禍による不況のあおりを受けて、勤めていた飲食店は廃業に追い込まれた。そこは、近くにある大手ゼネコンの社員が昼になるとぞろぞろと来店し、定食をほおばりながら仕事の話に花を咲かせていた。上質なスーツに身を包みクレカで支払をする彼らは俺の憧れだった。
いつかは、俺もそちら側に行きたい……!
失業保険を貰いながら勉強をしている俺にとって、毎日が休暇だ。三畳一間の風呂無しアパートに住んでいるが、貯金も底がつき始めている。俺は胸ポケットから小さな手帳を取り出して読み返す。それは、これからの俺を想像して書いた未来日記だった。全てが完璧な俺だ。
栞にしているのは、雑誌から切り抜いてラミ加工した深田恭子だ。ピンクの花束を抱いて微笑んでいる。待ってろよ、俺の未来!
俺の休暇は、まだしばらくは続く。
(了)