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第11回「小説でもどうぞ」佳作 さらば愛しき別れ/川畑嵐之

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第11回結果発表
課 題

別れ

※応募数260編
「さらば愛しき別れ」川畑嵐之
 きっかけは仕事であの街を訪れたからだった。
 その街は若かりし頃、彼女だった映美と過ごした街だった。
 映画館でポップコーンをほおばりながらよく映画を観たし、カフェでお茶し、ファミレスでいつまでもだべったりした。
 クルマで回ってみてそれらの建物がなくなっていたり、コンビニにかわっていたりしてさびしくなった。
 懐かしさのあとに急激にさびしさが訪れてきた。
 私と映美は学生時代からのつきあいで、当然結婚するものだと思っていた。子供は何人なんて話もしていたはずだ。
 それなのに映美は突然別れをきりだしてきて消えてしまったのだ。
 それは本当に青天の霹靂でショックで言葉がでなかった。
 理由をきくと、ただ不機嫌そうに別れたいというだけだった。
 たしかにそれまでも不機嫌そうなときはあった。でもたいていすぐ機嫌はなおって笑顔になったし、それに映美はもともとつんつんしているところがあったのでツンデレといえなくもなかった。
 だからなんの心配もしてなかったのだけど甘かった。
 彼女に去られてショックで途方にくれた。しばらくは彼女もできなかった。知らず知らずに彼女の影をおいもとめていて、ふと気づくと映美似に女性を彼女にしていた。
 それが最近彼女と別れたせいもあった。その彼女とはお互い納得して別れたのだが、映美についてはまだ思いがくすぶっていた。
 あいつ、いまどうしてるんだろう。なんとかわからないかな。結婚して子供いるんだろうなぁ。
 迷惑にならないようにストーカーと思われないていどにわからないかな。
 映美の実家はおぼえていた。近くのコインパーキングにクルマをとめて、その実家にいってみた。家はあった。表札も彼女のままだった。ただ、だれがすんでいるのかわからなかった。どうしようかと思っていると突然ドアが開いてドキリとした。かたまってしまい、なかからでてきた人と目が合ってしまった。
 それは白髪の老人だった。
 つい、営業マンの習性で、
「こんにちは。お時間すこしいただけませんか」と口走ってしまった。
 実は石材店の営業をしているのだ。年配の人に声をかけるのは馴れていた。
 男性はいぶかしそうな表情はしたが、反応はきさくそうだった。
「そうか、石材屋さんか……」
 いつも以上に勉強したお値段を提示すると、家にあげてくれた。
 奥座敷にお邪魔すると仏壇があった。
 そしてすこし見上げて壁の上には二枚の肖像写真がかかげてあった。
 その写真を見て言葉を失い、息がとまった。その一方は年配の女性で、もう一方は若い女性。映美だった。
 私がまじまじと見ていると、
「家内と娘でね。家内は昨年だけど、娘は若くして亡くしてな」と泣き笑いの表情をする。
 私はなんとか座って事情をきいた。
 映美はガンをわずらって発見されたときもかなり進行していたあと数か月と言われたという。本人も気づいてだまってられなかった。映美は診断どおり半年で亡くなったという。
「娘さんは当時彼氏とかおられなかったんですか」
「おったらしいけど別れたんだと。結婚するつもりだったらしいな」
 これでわかった。映美は余命いくばくもないとわかって身をひいたのだ。
 あれほど二人で夢を語ったのが逆作用したのかもしれない。
 彼女が不機嫌だったのも体調が悪かったのだろう。なぜ言ってくれなかったんだという思いとともに、なぜ気づいてやれなかったんだと自分の鈍感ぶりをなげいた。
 それに気づいてやれたら映美もラクになれたかもしれない。
 それとなぜか体を悪くした猫が飼い主に知らないように家出して人知れずひっそり死ぬという話を思い出した。
 親御さんにすぐに言うべきかどうか迷ったけど、幸いお墓を新しくしたい、新しくすることに乗り気で、それなりのつきあいになりそうだし、そのうちいずれチャンスもあるだろう。彼女のお墓を新しくするのが供養になると思った。
 そのまえに仏壇に手を合わさせてもらい、映美のことを思い、涙が湧き上がってくるのをおさえられなかったのだった。
(了)