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第7回「小説でもどうぞ」佳作 キャパの遺言/高橋徹

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第7回結果発表
課 題

写真

※応募数327編
「キャパの遺言」高橋徹
 濡れた石畳が傾きかけた陽の光を受け、すり減った肌をさらしていた。人通りの少ない街路の両側には、くすんだ煉瓦が規則正しく並べられ、歳を重ねたような疲れた街並みを形作っていた。そこを、黒いボディスーツ姿の十代半ばとおぼしき少女が、肩までしかない黒髪を軽く揺らしながら左右に目を走らせて歩いていた。やがて彼女は、控えめに掲げられた木製の袖看板の前で立ち止まった。
“オリバー写真店”
 そのすぐ下にある日焼けした木肌の扉を押して、少女は中へ入った。扉に仕掛けられた鈴の音が優しく響き彼女の来訪を告げた。店内の灯りは目の前のカウンターに置かれた古びたランプシェードのみで、壁に飾られた数枚の写真でさえも判別し難いほどだった。
「いらっしゃい」
 突然、カウンターの下から低く太い声がして、白いあご髭をたくわえた大柄の老人がむっくりと起き上がってきた。
「キャッ」
 少女は思わず小さく声をあげた。
「すまんな、脅かすつもりじゃなかったのだが、店番のつもりがいつのまにか寝ておったようだ。店主のオリバーだが、なにか用かな?」
「はい、あの、これなのですが……」
 慌てて腰の後ろに手を回し、少女はウエストポーチから小さな円筒形の物体を取り出してカウンターに置いた。
「ほう、フィルムじゃないか。今どきめずらしいなあ。あんたのものかね?」
「いいえ、預かったものです。写真が写っていると聞きました。ここにもって来ればなんとかなると……」
「もちろんなんとかするさ。まあ、お茶でも飲んでちょいと待っていておくれ」
 背後にあるサイフォンを器用に使い、一杯のコーヒーを淹れて少女に差し出すと。フィルムを手にしたオリバーは店の奥へと消えた。異空間のように静まり返った店内に一人残された少女は、半年前の記憶を蘇らせ始めた。

「船内圧力低下、生命維持システム稼働率三十パーセント、退船シーケンス起動します」
 船内にアラートが響き渡り、某国軍事衛星の誤爆を受けた旅客航宙船”あかつき”は、地球の周回軌道から脱落しようとしていた。
「救命ポッドが足りないぞ!」
 絶望的な叫び声があがった。
「お嬢ちゃん!こっちだ!」
 突然強い力で手を引かれ、少女は狭い救命ポッドに押し込まれた。振り返ると、大柄な男がポッドの外に立ち、両手で構えた小さな箱型の機械を顔の前に当てながら、人差し指で上面のボタンを押し続けている。カシャッカシャという金属音が何度か聞こえた。
「あなたも、早く乗って!」
 すると男は、その機械を手際よく操作して、何かを少女の手に握らせた。
「ポッドはこれが最後だ。君が乗ってゆけ!俺は報道カメラマンでね、ここに残る。これはフィルムというものだ。とんでもない旧式だが写真が写っている。このままシティのオリバー写真店にもっていけばなんとかしてくれるはずだ。頼んだぜ!」
 男を船内に残したままゲートバルブが閉じる音がして、ポッドは宇宙空間に放出された。

 店の奥からオリバーが戻ってきた。
「とんでもないものを持ち込んできたなあ。お前さん”あかつき”に乗っていたのか?」
 少女が頷くのを上目遣いに見ながら、オリバーは二十四枚の印画紙をカウンターに並べ、その中から二枚だけを別の列に置いた。一枚には救命ポッドに押し込まれた少女の姿が写っており、もう一枚には、焦点がずれてはいるが大写しになった見覚えのある男の顔があった。急いで自撮りをしたのだと思われた。
「この一枚をいただいてもよいかな?残りはフィルムといっしょにお前さんから新聞社に渡してくれ。それがこいつの望みだろう」
 オリバーは自撮りの一枚を取り上げた。
「この方をご存知なのですか?私を助けてくれた人です」
「そうか……」とだけ答えて、オリバーは少女に背を向け、こんどは二人分のコーヒーを丁寧に淹れはじめた。
「ずいぶん昔にキャパという名の戦場カメラマンがいてね。最後に手にしていたのがニコンS型というカメラだった。この写真を撮ったのが恐らくそれだ。骨董品だが、あいつは肌身離さず持っていたからな。キャパを気取っていたのだろうよ、馬鹿なやつだ……」
 静かに、オリバーは続けた。
「息子だよ……」
 いつのまにか忍び込んだ淡い街灯の明かりとコーヒーの香りが店内に満ちてくると、少女にはそれがこの写真店の過ぎ去った時の隙間を埋めようとしているかのように思えてならなかった。
(了)