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第7回「小説でもどうぞ」佳作 自分撮り/七積ナツミ

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第7回結果発表
課 題

写真

※応募数327編
「自分撮り」七積ナツミ
 職場を飛び出して、病院に向かい、集中治療室の扉の中に入るとすぐに、おじいの顔が見えた。顔色が失せて、口がぽかんと開いている。駆け寄ると、ベッドの両サイドには父と母がいて、二人とも涙を流している。まさかと思い、おじいに覆いかぶさり、改めて顔を覗き込む。開いた口の中に紫色の縮んだ舌が浮かんでいる。息をしていない?
「おじいちゃん!」
 心電図がベッドの横、私の目線より上に設置してあって、見上げると「♡」と「0」の数字が見えた。
「ねえ、おじいちゃん!おじいちゃん!」
「ほら!親父、歩実が来たぞ!」
 父は泣きながらおじいを揺する。「♡」の隣、数字が20に上がった。聞こえる?
「ねえ、おじいちゃん!楽しいよね、家に帰らなきゃ!ね!歩実は楽しいよ!」
 楽しかったね、とか、ありがとう、とか、そう言うとおじいが死ぬことを決定づける気がして言えない。私の何度かの呼びかけに、心拍数の数字だけで返答があって、その後、「0」のまま動かなくなった。すぐに、若い医者が来て、おじいの腕を取り脈を、瞼を開けて左右の眼球の瞳孔を確認した。
「二月十四日午前十時四十五分、ご臨終です」
 納得がいかなかった。だって、前の晩もおじいと一緒に夕飯を食べた。その後、薬を飲んだばかりなのにお酒を飲もうとするから、取り上げると、ふざけてくるからふざけ返した。あれ?おかしいな。今、目の前でおじいが死んだ?死ぬ前は生きていたのに、私の目の前で死んだ。何をしても取り返しのつかないことが起きた。おじいは死んだ。数名の看護師が遺体となったおじいの体を整えていた。
「セレモニーホールの方が来るまで側にいてあげてください」
 看護師たちは出ていった。咄嗟に私は携帯を取り出すとベッドに横たわるおじいの隣に並ぶように横乗りになる。そのまま、いつもみたいにおじいと自撮りをした。大泣きしていてもカメラを構えると一瞬で笑顔が作れた。おじいは死んでいたけど、多分、いつもの癖でやっぱり笑ったと思う。葬儀屋が来たらもう、おじいといられなくなる。最期の自撮りだと思った。
 その後、おじいには立派な院号の戒名が付き、豪勢な葬儀が執り行われた。品の良過ぎる遺影写真も、家族で撮り溜めた写真のスライドショーも、ゴージャスなお棺も、葬儀会場に溢れんばかりの花たちも、全部おじいに見せたかった。一緒に見て回って大笑いしたかった。葬儀中ずっと私はそんなことばかり考えていた。火葬場に行くと、立派なお棺ごとおじいは焼けてしまった。骨になってもおじいはおじいの形をしていた。こうなるともう、おじいが死んだことを認めざるを得ない。私は親族の輪っかから外れて、火葬場に併設されているカフェに向かった。ほんの一瞬、おじいが死んだ事実から離れたかった。カフェでホットコーヒーを飲みながら一息ついた。生きている私たちの時間の進み方はいつもと変わらない。泣き腫らした目や、赤くなった鼻を確認しようと思って携帯を出した。インカメラに切り替えて自分を映す。
「何!!?」
 大きな声を出して立ち上がったので、店内の全員がこちらを見た。
「あ…、何でもありません…すみません…」
 落とした携帯を拾いながら席に着いた。もう一度、今度は立ち上がらないように、携帯を落とさないように。慎重に写真アプリを起動し、フロントカメラの画面からインカメラに切り替える。自分と、おじいが映っている。
「え?おじいちゃん?」
「よー!」
 周りを見回して、とりあえず、イヤフォンをセットする。電話をしている体裁は整った。
「よー!じゃなくて、どうしたのよ?」
「ん?どうしたって言われてもなぁ」
 イヤフォンに切り替えても音声は問題なく聞こえるようで良かった。
「おじいちゃん、死んじゃったんだよ」
「そうみたいだなぁ」
「でも、また会えて、私、すっごく嬉しいんだけど!お葬式も豪華ですごかったんだよ」
「そりゃそうだ、院号もちゃんとついただろ」
「もちろんだよ!一緒に盛り上がりたかった」
 私のコーヒーが冷めるまで、私とおじいはいつもの会話をいつも通り楽しく過ごした。
「ねえ、おじいちゃん、写真撮っていい?」
「あ?まぁた写真撮るんか、しょうがねぇな」
 いつだって、満更でもない。二人とも満遍の笑みで自撮りした。
「ねぇねぇ、おじいちゃん。ありがとうね」
「歩実―!」
 母が呼びに来て、私は親族の元に戻った。火葬場を出るバスに揺られながら、携帯の画面を見たけど、おじいの姿は写らなかった。二人の自撮り写真では私だけが笑っていた。
(了)