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第7回「小説でもどうぞ」佳作 パラレル写真/木沢俊二

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第7回結果発表
課 題

写真

※応募数327編
「パラレル写真」木沢俊二
 机の上にある一枚の写真を俺はじっと見つめた。本当にそんなことが可能なんだろうか。あのうさん臭い男は確かにこう言った。 「この写真の中に入れば、もう一つの世界に行けるんですぜ。ほんとでっせ」
 ある日の仕事帰り、夕暮れ時の駅前で見つけたフリーマーケット。中でもあまり目立たない一角に男はいた。服装は乱れており、無精髭も生やし放題。あまり関わりたくなかったが、声をかけられた以上、無視するわけにはいかなかった。男はさらに続けた。
「これはね、とあるチベットの奥深くに伝わる魔法のかかった写真でやんす。最後の一枚、一万円いや五百円でいいや、どうです?」  写真はまるで色褪せた絵葉書のようだった。
「帰って来られるのか?」
「必ず帰って来られます、たまに現実世界と見分けが付かなくなる方がいらっしゃいますが。その時は自分の影を見てください、もう一つの世界と現実世界の違い、それは影のある、なしと伝説では言われてるんでっせ」
 当初は全く興味がなかったし、男の作り話だろうと思っていた。だが、話のネタにはなるかもしれない、しつこく言い寄られても面倒だと思い、結局購入することにした。もう数年も前の話である。
 俺は今、長年押し入れの奥にしまっていたその写真を取り出した。一部上場企業で安定した暮らしを送っていた俺はスリルに飢えていた。ある日ふと思い出したのだ、この写真のことを。もう一つの世界で普段はできないことをしてストレス発散できたら日常にもハリが出るんじゃないかと。半信半疑で取り出した写真を見て、俺は言葉を失った。
「動いてる」
 どういう仕組みなのだろう、写真の中の風景が動いているのだ。裏返してみたが、特に何か仕掛けがあるわけではない。
「面白い。やってやる」
 俺は写真の中に手を入れた。すると、まるで水槽の中に手を突っ込むように、ずぼっと腕全体が写真の中に入った。気づけば、体全体がその写真に吸い込まれていった。「痛っ」と腰に走った衝撃をさすりながらあたりを見ると、そこは特に変わり映えのないアパートの一室だった。
「ここがもう一つの世界?」
 原理はわからない。だがせっかくだからやりたい放題やってみることにした。まず最初にホームセンターに向かった。俺は適当な包丁を胸元に入れると、そのままレジを通らずに外に出た。これが万引きか、やってはいけないことをやるってこんなに気持ちいいのか。晴れやかな気持ちで街中を闊歩すると、誰かが俺の肩に当たった。
「おい、どこ見てんだ」
 サングラスをかけた大男が睨みつけて来た。俺は男に近づいて、普段はできないことを実行した。ズブッという感触が手に走った。男の腹をメッタ刺しにしたのだ。
「う……」とうずくまる男を尻目に、俺は立ち去った。きゃあという悲鳴が聞こえた。通常であればパトカーが駆けつけるだろう。案の定、しばらくするとパトカーのサイレンが聞こえてきた。もうちょっと引きつけよう、その後はあの写真でドロンと逃げてやる。パトカーが俺の横についた。
「止まれ!」
 もう潮時かな、俺は写真を取り出し手を突っ込もうとした。
「あれ?」
 写真は普通の写真になっていた。当然手が入るわけもない。あたりは数人の警察官が取り囲み始めた。まずいと思った俺は走った。路地裏を抜け、目立たない道をひたすら走った。「帰って来られるんじゃないのかよ」角を曲がった時、何かにどん、とぶつかった。見上げると薄暗い路地裏に、見覚えのある顔が浮かび上がった。
「お久しぶりでやんす、旦那」
 俺は怒りで頭に血が上った。
「お前、騙したな。帰れるって言ってたのに」
「人聞きが悪いですね、あっしは本当のことを話したまでですが」
「いいから、元の世界に帰れるようにしろ」
 男はニヤリとした鈍い光を瞳に宿し始めた。
「では見せてあげましょう、真実を」
 そういうとライトを俺に照らした。見ると俺の背後にはしっかりと影がついていた。
「旦那も分かんなくなっちゃったんですね。旦那がさっき通ったその写真、往路ではなく復路でやんす」
 はっ、と思い出した。俺は元々大企業なんかに勤めていない、ただの派遣社員だ。さっきまでいた世界こそがもう一つの世界だった。唖然とする俺の顔を見て、男は丁寧にお辞儀をした。口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
「おかえりなさい、旦那」
 俺の手から血のついた包丁がぼとりとこぼれ落ちた。
(了)