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第6回「小説でもどうぞ」佳作 光る君の背に/酒井博子

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第6回結果発表
課 題

※応募数394編
「光る君の背に」酒井博子
「斉木さんって俺のこと好きだよね」
 返す言葉に詰まったのはちょうどその朝それを自覚したところだったからで、
「だって昨夜、俺の夢に出てきてくれた」
 そこで笑い崩れて無抵抗にキスなんかされてしまったのはその自覚の根拠というのがまさにその前の晩の夢、あとから思い返しても理解不能な強烈な思慕の念に突き動かされてただ皆見くんに会いにいく、というその夢の筋書にあったからということと、あと、まあ、酔っ払ってたからです。
 一年のときから擦れ違ったりはしてたんだけど、三年の四月、同じゼミに所属して初めて喋った。三年生だけの、最初の飲み会。
 皆見くんはいつも、見た目だけでも目立ってた。ただでさえ少ない日本文学科の男子学生、ヒョロッ、ナヨッ、ボケッとした、いかにもな文系くんたちの中にあって皆見くんだけは、スラッ、パリッ、キリッ、キラキラッ、としてて明快にイケメンだった。いつも誰かと笑い合っていて、彼の周りだけがいつも賑やか。小学生の頃からクラスの中心だったんだろうなー、みたいなタイプ。なんで日文なんかに、しかも『源氏物語』ゼミなんて、みたいな。本とか読まなさそー、長いの読めなさそー。え、まさかの、この上にギャップ萌え属性か?
 ま、それで、私は、こんな競争率高そうなの自分如きにはとうてい無理だろうな、とか思っちゃったりしてたのだった。
「うん、モテるよ、俺」
 皆見くんはさらりと答えて苦笑した。「斉木さんはあんまり、なんつうか、すれてないよね? いま言う、それ」
 お互い初めて裸で向かい合ったところだった。初めてっていうかまあ、その飲み会の帰り。二人で三次会どう? てなノリで連れ込まれた通り掛かりのホテル。
「実は処女なんだ。優しくして」
「まじか。わかった、任せて」おおまじめに頷いた皆見くんは、ちゃんと優しくしてくれた。
 丁寧に、ゆっくり、そうっと、――優しくはしてくれたんだがそうはいっても、
「ッたたたたたっ」
 閉じてた目を思わずバッと見開いたら皆見くんの肩越しに知らない女と目が合った。
「っアアアアア――!」
 皆見くんは驚いた顔をして身を離した。股間の激痛がすっと引いた。
「あ、無理? そんなに無理?」
 皆見くんは、痛くしてごめんな、と言いながら私をギュッと抱きしめた。汗ばんだ胸に顔を押しつけられてその背後のものは見えなくなったけど私の全身からはドッと脂汗。
「震えてるじゃん。大丈夫、無理にはしないから」
 いいこいいこ、と撫でてもらってる後頭部もじんわり湿ってくるのが自分でわかる。
 幻覚。幻覚だ。この部屋に、他に誰もいるわけがない。
 でもリアルだったあの女。うちらと同世代の女。鬼の形相。振り乱した長い髪、凶器になりそうな睫毛、隈取みたいなアイライン、金と見紛う明るすぎるカラコン、攻撃的に揺れる大ぶりのピアス――「御子柴さん」
「えっ」皆見くんは小さく声を上げ、「……あ、うん、御子柴さんと付き合ってたこともあるけど、もう済んだことだから。斉木さん、友達?」
「や、クラス違うし」なおざりに返事しつつ、そうかそういうことかと合点がいったと思えたのはまだまだ酔っ払ってたからです。
「揉めたの? 別れるとき」
「なんでだよ。円満円満、今ではいい友達」
「ねえ皆見くん、『源氏物語』、読んでる?」
 皆見くんは感じのいい笑い声をあげた。
「ゼミが本格的に始まるまでには」
 ギャップ萌え設定はなかった。
「主人公、皆見くんそっくりだよ、体質が」
「体質?」
「女の子にすごくすごく、好かれる体質」

 あの理解不能な思慕の念は二度と再来することなく、以降は酔っ払って誘われてもふらふら付いてったりはしなかったので皆見くんとはそれっきりになったのだけれど、その晩を境にあまりにすっきり憑物のように落ちてしまったので、もしかしたら私の恋心も憑物になって今はどこかのラブホテルで皆見くんの肩越しに、どこかの女を見下ろしていたりするのかもしれない、なんて考えてたりする。
(了)